天下泰平

~「天下泰平の世(Peaceful World+)」を実現させるための真理学~

マナウォーター元付けタイプが54,000円で再登場

02031906_54d09da528d77

32

52

すっかりと旅続きでお伝えするのは忘れていましたが、多くの方々からお問い合わせのあった「マナウォーター(大)」“元付けタイプ”について。

しばらく“在庫切れ”状態が続いていたのは、商品が最新版にリニューアルされていたからですが、ついにマナウォーターの“元付けタイプ”も小型化の開発に成功し、大きさも価格も大幅に縮小して再登場することになりました。

大きさは、今まで存在していたマナウォーター(中)のキッチンなどで使っていたサイズとなり、また肝心の価格も従来の半額の「54,000円(税込)」となっています。

それでいて過去最高の活水能力を兼ね備えているようなので、自分も含めて過去に大サイズを取り付けた人間としては複雑な気分ですが、こういった技術の進歩が世の中のためになるのは嬉しいことであります。

浄水器(フィルターを使って不純物を取り除く)にしろ、活水器(フィルターなしで構造で水質を変化させる)にしろ、家全体の水にまで対応する“元付けタイプ”となると、どんなに安いものでも今回のマナウォーターよりも一ケタ価格が高いものであり、高額なものになると、もう二ケタ数字が変わってきます。

38

中には高額なだけで効果に疑問の残る商品も少なからずあるのが水関連の商品の怖いところでありますが、そういった中ではマナウォーターは特許技術も取得しており、また水質変化の実験でも重金属類を中心にほとんど「検出なし」となるか、各項目の値が一ケタ減るなどの大幅な水質改善が期待されています。

49

59
※水道水を湧き水のような水に変換させるマナウォーターでわさびの栽培

とはいえ、数値だけでは目に見えない水の本当の効果のところは良く分かりませんが、一番驚きだったのは、開発元のテネモスでは、埼玉県の川口市にあるオフィスにて“水道水”にマナウォーターを通して「わさびの栽培」に成功していることです。

ご存知の「わさび」は、作物の中でも最も栽培が難しいデリケートなものであり、栽培の成功の秘訣は“キレイな水”が必須条件となっています。

通常は山奥の水質がキレイな清流でないと良質なわさびは育ちませんが、それを都会のど真ん中のオフィス、それも水道水をベースにフィルターもなにもないマナウォーターだけで育てているのですから、これはプロのわさび栽培をしている人からすると頭が「??」となってしまう現象かと思います。

しかし、これが「水道水を湧き水に変える」という、マナウォーターの“圧”をかけるフリーエネルギー理論の実力であり、現代の様々な意味での“水道汚染”が進む中、少しでも身近な水を安全なものに変える手段の1つでもあります。

44

取り付け場所は、水道メーターの側であり、その場所によって地面の掘削が必要だったりすると、取り付け工事費は大きく変わってくると思いますが、基本的には大掛かりな工事でない限りは、取り付けは非常にシンプルであり、マナウォーター本体と合わせて10万円前後に収まるケースが多いかと思います。

効果が高まる一方で値段が大幅にリーズナブルになったので、今まで元付けタイプを躊躇されていた方も、是非ともこの機会に一度ご検討くださいませ。

▶ 商品ページはこちら《マナウォーター 中 (元付用)》

54

01201439_54bdea1cd643c
※蛇口取付キット(4,623円)

また元付けタイプと併用して各水道の蛇口に小タイプのマナウォーターを取り付けると、より効果が高まるので、こちらも合わせてご活用くださいませ(水道管の途中につけられない場合の蛇口に取り付けるキットもあります)。

▶ 商品ページはこちら《マナウォーター(小)》

▶ 商品ページはこちら《マナウォーター蛇口取付キット(中/小サイズ対応)》

天照大神降臨の大神島

06
※ピラミッドの山である大神島

3月21日の春分の日に訪れた宮古諸島の「大神島(おおがみじま)」

天照大神降臨伝説が色濃く残る、古来より宮古島の中でも最も聖地とされていた場所であり、少し前までは女性のみしか入れず、今もなお大事な祭祀などが執り行われている時は外部の人々は入れない“神の島”となっています。

遠方より一目見て、思わず「あっ、ピラミッド…」とつぶやいてしまうほど、この島は、島というよりはピラミッドの山が海に浮かんでいるような地形をしており、これを見るなり昨年の春分の日に訪れた奈良県の「三輪山(大神神社)」を思い出してしまいました。

scimg9555
※ピラミッドの山である三輪山(大神神社)

2年連続して「春分の日」「大神」の名がつく「ピラミッドの山」へ登るのは、これを偶然といっては天に怒られてしまうほど不思議なシンクロです。

本当に何の意図もなく、両方ともたまたま春分の日に訪れることになっただけであり、すべてが終わってみて色々と気づかされてばかりいます。

25

この大神島。宮古島の中でも特別な神の島として知られていますが、前日に訪れた「新城さんの石庭」とはまっすぐ南北に直線で繋がる位置関係にあり、石庭が里宮であれば、大神島は、まるで奥宮か島自体がご神体のような大切な場所のようにも感じます。

16

また、この大神島から本州の北東方面へ直線を引くと「剣山」「白山」の真上を通過することになり、いわゆる日本列島の聖地を繋ぐレイライン上にも大神島があることがわかります(上記のGoogleマップだと線が曲がっているように見えますが、これは地球の曲面に合わせてラインが引かれているので、実際はピンポイントで山の上空を通る直線となります)。

これらを見ると、天照大神降臨の地でありながらも、どこか宮古島全体を含めて“スサノオ”の存在を感じさせる場所でもあるようにも思えます。

38

14

06

また、実際に島に上陸すると、島の周りには明らかに人工物とも思えるようなストーンサークルがあったり、まるでモアイ像を彷彿させるような巨石群が立ち並んでいたりと、近づけば近づくほど不思議で神秘的な島であります。

42
※道路工事が中断された島の東部

しかし、この島が「神の島」と呼ばれるのは単なる伝説や噂だけでなく、かつて島を一周する道路を作る計画がされていたのですが、工事をしている途中から機械が故障したりする怪奇現象が連発し、おまけに工事関係者が体調不良になったり島民が悪夢に悩まされたりと、いわゆる“祟り”と思われる事象が止まらず、最終的には道路工事が中止になったほどの本物の神の島であります。

この大神島と道路工事の怪奇現象については、Wikipediaにも情報が残っているほど有名な話のようです。

大神島一周道路(Wikipedia)
当初は島を一周する道路が計画されていたが、現在も島の東部から北部にかけての約1/4強が未完成である。そのため、道路は島の東端付近と北端付近で行き止まりになっている。工事が中断された理由として、工事の途中でブルドーザーの爪が折れたり、機械が故障したりしたため、予定ルート変更をしたが、それでも工事関係者や島民が原因不明の病気に次々とかかるなどの異変が続いたためと伝えられている。道路の中断部にはお祓いの跡がみられる。(転載終了)

道路工事が中断された島の東部には、大きな巨石が鎮座していたようで、その巨石をどかそうとブルドーザーが手をかけると爪が折れたり、機械が止まって動かなくなったり、作業員が病気になったりと不可解な現象が続いたそうです。

古代より「神の島」と呼ばれている場所に一周道路を作ろうとする度胸がすごいというか無謀とも思えますが、この出来事を「愚かな人間達だ」とあきれて見てはいられなく、今となっては世界中どこでも、自然と切り離されてしまった人間の考えること、やっていることは同じようなことばかりなのかもしれません。

51

いずれにしても、そんな本場の「神の島」とは知らずに、それも春分の日にうっかり上陸してしまったのですが、とりあえずは一通り調整が必要な場所を訪れては参拝し、そして最後に頂上に鎮座する巨大な磐座も参拝してきました。

この磐座(頂上)へ近づくにつれて、鈍感な自分でさえも途中からゾワゾワと体中が静電気に包まれたような神氣を感じ、ここに鎮座する神のただならぬ気配を感じたような気がしました。

18

一通り無事に参拝も終えたのですが、頂上に着けば見事に太陽も出て晴れのお天気。ちなみに、この日の宮古島の天気予報は、滞在中唯一の「雨マークの日」であり、降水確率は60%でありました。

それが日の出も魅せてくれただけでなく、大神島へ向かうまでも雨に降られることも一切なければ、60%の確率の雨がどこに行ってしまったのかと思うほど、太陽まで顔を出して良い天気となってしまいました。

身近な人達は、すでにご周知のとおり、自分は「晴れマークで降水確率が0%でも雨が降る雨男」と呼ばれるほど、恐ろしい確率とタイミングで雨、あられ、雹から雷まで大荒れの天気となる人間なのですが、それが今年の春分の日を境に以前とは別人になってしまったかのような晴れ男へと変貌してしまったのです。

とはいえ、たまたまの偶然のタイミングだったのかもしれませんが、それにしても天照大神降臨の地で太陽に恵まれるのもまた何とも出来過ぎた演出であり、この節目の春分の日は、本当に朝から太陽や天候に驚かされる1日となりました。

48

すべてのご神事も終えてピラミッドの山を降り、宮古島に戻る船着き場へと向かっていると、上空には不思議な雲がモクモクと集まって空に不思議な模様を作り始め、ふと見つめていると何か巨大な龍のような存在と目が合いました。

66156747
※奈良の三輪山近辺で出現した龍

奈良県の三輪山近辺でご神事をしていた時に出現した龍とはタイプは少し違いますが、やはり「大神」と名がつく場所には、何か龍神のような神様がいらっしゃるのかもしれませんね。

23
※池間島の大主神社

01
※伊良部島の大主神社

ちなみに宮古島諸島には、神社はほとんど存在しないのですが、その中でも数少ない神社の中に「大主神社」というのが、全部で3カ所もあるようです。

大神島の次は、そのうちのメインとなる池間島の大主神社とサブになる伊良部島の大主神社へも参拝して来ましたが、この「大主」という名前においても、あの奈良の大神神社は「大物主」を祀っており、ここでも名前の部分において似たような一面があります。

というよりも、サニワである長さんの見解としては、やはり大神神社も大主神社も繋がっているようで、どちらも“スサノオ”の関係の場所のようです。

スサノオの時代。妙見信仰の復活と太陽信仰との融合。今回もまた、その核となる部分に触れる旅であったように思えます。

miyako_map

「いや〜、終わった終わった」と最終日の飛行機出発時間まで呑気にしていると、ふと1つだけ行き残した島があることに気づきました。

その場所は「来間島(くりまじま)」

まさかの初回の「新城さんの石庭」で宇宙授業が始まるとは思っていなかったので、当初の予定では、のんびりとホテルから近い「来間島→伊良部島→池間島→大神島」をまわる予定でありましたが、色々と予定が狂って、結局最終日に「大神島→池間島→伊良部島」という流れで島巡りをしていました。

「ホテルから目と鼻の先で、一番近くて最初に行こうと言っていた来間島に行ってないじゃん!?」

ということで、最初に行くはずだった来間島に最後に立ち寄ってから空港へと向かうことにしました。

49
※来間島の竜宮展望台から滞在したホテルを眺める

来間島は、人口200人弱の小さな島で、観光スポットも小さな展望台くらいしかありません。

この展望台が竜宮城を真似てつくった「竜宮展望台」という名前なのですが、この名称が気になるのもさておき、実際に行ってみたら普通の展望台であって、あくまでも綺麗な海が眼下に広がり、滞在していたホテルが正面に見えることくらいしか発見はありませんでした。

「これで宮古島ともお別れかぁ…」

と感慨深い気持ちに浸っていると、横にいた長典男さんが

「向こうが何か気になる…」

と来間島の端を指差しました。

28

その場所は島の北端に近いエリアで、少し先は断崖絶壁となっているような場所でしたが、ここに来るとヒラヒラと今回のご神事の道中にポイントで必ず出現していた“黒い蝶”が…。

これは実際に正式なご神事関係でも古来から言われていることのようで、黒い蝶は神様の使いであり、聖地などでご神事をする際に黒い蝶が出現するのは、ご神事が上手く行ったことや、ここの場所が聖地であることを証明する存在のようです。

そこで何かあると思って参拝をしていると、ここで長さんが受けたメッセージは「イエス・キリスト」に関わる内容でありました。

どうやら、処刑を免れてイスラエルを飛び出したイエス・キリストと呼ばれた“イサヤ”という人物は、台湾なども経由して日本列島に近づくにあたって、ここ宮古島にも訪れていたようであり、その中で船が沈没して辿り着いたのが来間島だったようです。

ここ来間島は、古来より「牛の神様が海底に眠る」という云われがあるようですが、長さんの見解では、それは「イエスの乗っていた船が沈んでいることみたい」とのことでした。そして、イエス・キリストも“スサノオ(牛頭天王)”と関係していると。

42
※クロスの光、天使?

来間島に何か物的証拠や伝承があったわけではありませんが、そういえば「竹内文書」においては、イエス・キリストは日本に来てから「十来太郎大天空」という名前を名乗り、青森県にあるイエスの墓と呼ばれる場所は「十来塚」という名前になっています。

「来」という字が、何かイエスと関連するとしたら「来間島」も何か関係しているのかもしれませんし、もしかすると「キリスト(christ)」が訛って「クリマ(来間)」となったことも考えられます。

もし、これが事実となると、よりによって滞在していたホテルの真正面が沈没したポイントであり、何も知らずに海を見る度に無意識でイエス来島の場所を眺めていたことになります。まさに灯台下暗し。

ただ、イエスが宮古島へ訪れていたという話は以前より聞いたことがありますし、GHQが調査に入ったように、イエスは剣山で昇天したという話もあるので、レイラインで繋がる大神島にも当然ながら訪れていたのかもしれません。

いずれにしても、今年は映画「サン・オブ・ゴッド」にしても「キリストの年」となる予感がしてましたが、1月からキリスト教の中心地である天草や島原を訪れ、おまけに諫早湾(イサヤ)から上陸したイサヤが最初に浸かった小浜温泉にまで入ってきました。

続く、2月の奄美大島でも、島民に伝わるキリスト来島伝説を直接聞くことになり、さらに南下した今回の宮古島でもキリストの繋がりが出るとなると、いよいよ来月にイスラエルへと再び旅立つ前に、完全にイサヤの辿ったルートを逆走しているパターンになっています。

何だか昨年の台湾にしろ、その前の剣山にしろ気味の悪い不思議なシンクロが続いており、このままいくと33歳となる今年にエルサレムに帰って処刑される(されかかる?)運命まで勝手にシンクロして欲しくないのですが、とりあえずは昨年にイスラエルに初訪問してから、日本におけるイサヤの足跡を辿る旅は宮古島にて一段落しそうです。

でも、本当にどの訪問も意図していませんし、全然違う目的で訪れて後から知ることや繋がることばかりなので、世の中って不思議ですね。

「新城さんの石庭」と開かれた地球の扉(ゲート)

39
※新城さんの石庭にある磐座(太陽のサークル)

今回、宮古島を訪れた大きな目的の1つに「新城さんの石庭」があります。

「新城さん?石庭?」

初めて耳にする方もいるかもしれませんが、ここは新城定吉さんという宮古島在住の方が、自宅の庭から掘り起こした巨石を600個以上も並べている文字通り“石の庭”であり、スピリチュアルな世界を探求されている方の中では有名な“パワースポット”として知られています。

この場所を世に広く認知させたのは、自分の中の心の師である故・船井幸雄さんであります。

船井先生の著書、講演を聞いている方の中には知らない人はいないほど、船井先生はこの「新城さんの石庭」を特別な“イヤシロチ”として何度もご紹介しており、また人生で2度あった“神秘体験のうちの1度”がこの場所であったと伝えていました。

その神秘体験とは、石庭の中で船井先生に語りかけてくるような感覚の石があったようで、そこで船井先生はご自身の過去生の中、かつて存在していた古代文明ムー大陸の時代、多くの方がムーと一緒に海中に沈んでいく情景を思い出し、その中で自分自身の責任によって多くの方を犠牲にしてしまったことを石のメッセージから感じて深く後悔されたようです。

あの弱音も吐かずにどんな時も強い男の中の男であった船井先生が、新城さんのお話も聞きながら大粒の涙を流した場所であったとも聞いております。

ただ、それもそのはずで、この石庭は“啓示”をもとに、60歳になった新城さんが突然“神懸かった”ように庭から掘り起こし、それも何十トンにもおよび巨石をテコ棒と必要量のおもり(石)とバール(鉄棒)のみを使ってたった1人で600個以上も掘り起こしたのですから、もはや人間業の領域を超えている石庭の巨石群であります。

かなり以前、船井先生の著書の中で石庭の紹介を拝見した時から、一度は必ず行ってみたい“宮古島”「新城さんの石庭」だったのですが、なかなか訪れるタイミングもないまま月日だけ過ぎ、沖縄本島をはじめ、他の離島の多くを訪れる機会があっても、宮古島だけは今まで一度も訪れる機会がありませんでした。

そんな自分の中で訪れたかった3本の指に入る聖地の1つ“宮古島”へのご縁が出来たのは今年に入ってからであり、1月に九州を訪れたりする中、行く先々で“宮古島”のキーワードが目についたり、また知人からシンクロするように“宮古島”に関する情報が耳に入り、その中で「これは今年中に訪れる流れになるな…」と思っていた矢先に、ついには「宮古島に行きませんか?」というお声がけを頂く機会に恵まれたのです。

ところが、当初は“秋頃”という流れだったのですが、それが突然の予定変更で3月21日の「春分の日」へと予定が変更となり、同時にスケジュール上“皆既日食(新月)”も宮古島で過ごすことになったのです。

世界中のシャーマンや霊能者達が、今年の春分の日は「新しい太陽が昇る日」と伝えるほど特別な節目であり、その時代の大きな移り変わりのタイミングを個人的に最も注目していた聖地“宮古島”で過ごせることは大きな楽しみでした。

といっても「新城さんの石庭」以外は、他は何も宮古島のことは知らず、飛行機の時間と滞在先のホテルだけは決めましたが、基本的に当日まで3日間の滞在は“ノープラン”で訪れました。

ただ、事前に把握していた情報によると、新城さんはすでに93歳の高齢で体調を崩されており、今は事前にお逢いする約束をすることも、また実際に石庭を訪れても面会することはできず、受付をしたら自分達で勝手に散策をするとのことは知っていました。

また宮古島へ訪れる数日前より、頻繁に「大神島(おおがみじま)」という宮古島の離島が気になりはじめ、特に詳細は何も知らずに滞在中のどこかで大神島へと訪れることだけは決めておりました。

「新城さんの庭と大神島…」

新城さんにお逢い出来ないのは残念でしたが、この2つだけ訪れることが出来たら目的達成かなと軽く思いながら宮古島の訪問は始まりました。

初日(19日)は北海道から宮古島への移動でもあり、到着するとすでに夕方であったので外出もせず、翌日の朝から宮古島巡りをすることになりました。

miyako_map

「とりあえず20日の朝に新城さんの石庭を訪れますが、見学だけならすぐに終わるでしょうから、その後は車で行ける離島が多くあるので、ホテルに近い来間島(くりまじま)から順番に伊良部島(いらぶじま)と池間島(いけまじま)をまわって、フェリーで渡る大神島(おおがみじま)だけ明日に行きましょう」

と、同行して下さった長典男さん達にもざっくりとしたスケジュールを共有しました。それも到着した日の晩に…。

とにかく、こうして参加したメンバーの誰1人が“ノープラン”のミステリーツアーが始まったのです。

20日の朝、早速今回の宮古島訪問のメインイベントである「新城さんの石庭」へと訪れましたが、最初は「本当にココかな?」と思うほど、目立たない雰囲気の場所でありました。

それは、当然ながらここは観光地ではなく、ごく一般の民家の庭を開放している場所であるからであり、受付も新城さんのご自宅の玄関で管理人と思われる方がやっているようでした。

「こんにちは。石庭の受付はここですか?」

と声をかけて玄関に入ると、中にいた女性2人が驚いた表情をして振り向き、その後、2人で顔を見合わせて「やっぱり〜」と大笑いをされていました。

「一体何だろう??」

と不思議に思っていると、ちょうどお客様で石庭に訪れていた1人の方が自分が宮古島へ来ていることをホテルから出発する直前に書いたブログを見て知っていたようであり、そこで石庭の受付や管理をされている方へ

「天下泰平というブログを書いている方が今宮古島へ来ているようです。もしかするとここにも訪れるかもしれません…」

と伝えたところで

「こんにちは…」

と本人が登場したわけです。

【“終わり”と“始まり”の新月(皆既日蝕)と春分の日】

実際、受付の方の手元に「天下泰平」と書いてあるメモ用紙が残ったままペンを持っている状態であり、このあまりにも驚くべきシンクロに自分も含めて笑うしかなかったという状況でありました。

ただ、このシンクロを何かご縁と感じて頂いたのか、部屋の奥でベッドで寝ている新城さんにご紹介をしてくださり、それだけでも有り難かったのですが、そこから「どうぞ中へお入り下さい」と面会の許可が出たのです。

幼い時から神秘体験を多く持っており、60歳以降は、もはや“神懸かり”となってひたすら石と向き合って、今もなお天から多くのメッセージを受け取っている、もはや“生き神”とも呼べる新城定吉さん。

93歳の高齢となり、昨年末に体調を崩してから寝たきりに近い生活のようで、実際に訪れる前日までは体調が思わしくなく、人との面会もままならなかったようですが、この日になって突如体調が回復し、何とかご挨拶をすることができるという幸運な機会に恵まれたのです。

ゆっくりとベッドから起き上がった新城さんは、確かに体調が思わしくない1人の93歳の老人のようにも見えましたが、まるで宇宙を視ているかのようなキラキラ光る少年のような純粋な目は、本当に“生き神”のような存在にも思えました。

ところが、お逢い出来たことに感動しているのもつかの間、開口一番

「何をしに来たのですか?」

の思わぬ一言から始まりました。

そこで船井先生を通して石庭を知ったこと、ずっと訪れたかったがタイミングがなく、この2015年の春分の日の直前、皆既日食が起こる時代の節目に訪れることが出来たこと、そしてムー大陸に関することなど、いきなりのストレートで厳しい質問に面食らいながらも、とりあえず思ったことをポンポン口走りました。

「まず石庭に行ってから、またここに来なさい」

そう静かに回答された新城さんの指示のもと、まずは庭に行って石庭を散策することになりました。

23

約3000坪もある、個人の庭にしては広過ぎるほどの「新城さんの石庭」は、渡されたマップを見ると「太陽のサークル」やら「月のサークル」、そして「地球のサークル」などのポイントとなるストーンサークルがいくつかあり、これを見ながら「そういえば今晩は太陽と月と地球が一直線になる皆既日蝕が起こるよなぁ…」と不思議な気分で入り口へと向かいました。

入り口まで到着すると、サニワ(神官)である長典男さんに強いメッセージが入り、どうやら石庭の中で「正式参拝」をする場所があるとのことでした。

聖地巡礼のキャリア40年以上もある長さんでも、メッセージで「正式参拝」の必要性が出る場所は数えるほどであり、それも今回のような個人の庭ともなると、かなりの異例で驚きのことであったようです。

船井先生が、日本有数の“イヤシロチ”と伝える「新城さんの石庭」は、噂どおりというか、噂以上の“聖地(パワースポット)”であり、鈍感な自分でさえ、この場所がただならぬ磁場であることを感じ、また一緒に同行されたメンバーにも次々に不思議な感情、メッセージが降りて来る、聖地の中でも今までに訪れたことのない特殊な聖地でした。

どこに行って何をするという指示もなかったので、長さんが導かれるままの自動操縦で各所を巡り、その中で「太陽のサークル」「地球のサークル」などの要所で磁場調整やメッセージの受信がはじまり、そして途中に「月のサークル」を訪れた際に「ここで正式参拝のようです。それも滝沢さん1人だけです」と伝えられました。

「えぇ?1人で??」

というわけも分からない宇宙からの指令も当然ノーとは言えず、長さんより正式参拝の作用を教えて頂き、ここで1人で参拝させて頂きました。

23
※正式参拝後、一気に強まる太陽のエネルギー

そして、一通り石庭を巡って、再び新城さんのお部屋に戻ると

「地球の扉は開かれましたか?」

と一言。

自分は「え?」と思っていたら

「はい」

と長さんが答えてくださりました。

そして、具体的に石庭に入って感じたこと、受けたメッセージなどを伝えていると

「それだけですか?まだ足りない!

と大きな声を出し

「“天・地・人”を案内しなさい!」

と、とても昨日まで93歳の寝たきりに近い状態であった人とは思えないほど、元気で強く厳しい口調での指示が入りました。

「普通は誰にも見せんのじゃが…」

そう新城さんが一言付け加えたように、実際に管理されている方も驚きの指令で、通常は来客は立ち入り禁止の“天・地・人”と呼ばれる「石の神殿の聖地」が自宅敷地内にあり、そこを特別にご案内して頂くことになりました。

「もう、何が何だか・・・」

と、わけもわからず裏庭の神域に入ると、そこには今までの石庭の世界とは別次元の石の祭壇があり、自分も同行していた人々も涙が止まらなくなるほど、まさに目の前に神が立ち並んでいるような異次元の空間が待っていました。

全員が放心状態となっていると、遠くの自宅の中から

「もう、分かったろ〜?」

と叫ぶ新城さんの声が…。

そこで再び自宅へ戻り、この“天・地・人”を見て感じたことを長さんが中心となって解説して下さりました。

それは、この人間が地球上に存在している本当の意味であり、何のために知恵をさずかり、手足を自由に移動できる最後に生まれた生命体であるのか、地球を永続するために地球人としてやるべきことの本質を捉えた内容であり、一通りその内容を聞いた新城さんは、静かに一言

「その通りじゃ…」

と答えました。

そして、その後に目を強く見開き、新城さんが強い口調で熱く語った不思議な予言の話、今後の地球のこと、人類としてやるべきことのメッセージは、頭ではなく、不思議なほどハートにバンバン入ってきて聞いているだけで感情とは別に涙が止まらなくなりました。

伝えることを伝えきった後、その後は“ひゅんっ”と何かが抜けてしまったかのように、急に新城さんの目は細くしょぼしょぼとなって、肩と背中の力も抜けた93歳の老人の姿へと戻り、そのままパタンと再びベッドに寝込んでしまいました。

後ほど、管理をしている方達から聞いたお話では、この時の状況を新城さんは「彼らには伝わったかのぉ。ワシは(自分の肉体の)横にいただけじゃ…」と仰っていたそうです。

どうやら我々は、まさに“生き神”とも呼べる新城さんの本当の姿を見ることができたようです。

一体、この世界で93歳にもなる高齢者の中で、伝説ともなる“ムー国”の叡智や“アトランティス文明”の過ちに至るまでを知識ではない知恵で語れる人はどれだけいるでしょうか。

ムーから生まれた宮古島の秘密、天照大神降臨の地である大神島の歴史、大和の国と宮古島の秘密など、この時に伺ったお話と後ほど拝読した新城さんの書かれた本には、生命の秘密から宇宙哲学に至るまでの真理の情報が山ほど詰まっています。

それにしても、こんな展開が待っているともつゆ知らず、フラッと立ち寄った「新城さんの石庭」では、思いも寄らない“正式参拝”“宇宙授業”が始まったのでした。

新城さんにお逢い出来るとは思っていなかったので、予定では、どんなに遅くとも石庭の見学は午前中にサクッと終わる予定であり、午後からは宮古島の離島巡りの予定をしていたのですが、なんと「お昼を食べたら、また来なさい」と午後の授業まで予約が入り、実際に午後も石庭を再び行かされたり、お話を聞いたりと夕方近くまで「新城さんの石庭」の宇宙授業は続いたのです。

いつも思いますが、本当に有り難いことに逢いたい人とは必要なタイミングで必ず天は導いてくれるものであり、すべて必然の流れのもとで最初から計画されているものだと感じております。

宇宙大転換の節目の20日の皆既日食から21日の春分の日、太陽と月と地球が直列する前に宇宙の雛形「石庭」にて「太陽のサークル」「月のサークル」「地球のサークル」で必要な調整とスイッチを入れ、そして間違いなく「地球の扉」は開かれたことであると思います。

05

そして、迎えた皆既日食と春分の日であり、そこで前回の記事でお伝えした「新しい太陽」が本当に昇って、奇跡の一時を魅せてくれたのです。

【新しい太陽時代の幕開け】

06

そして、この新しい太陽が昇った日に向かう先は、新城さんも特別な聖地として一目を置く「大神島」であり、ここは“太陽神”である天照大神が降臨して修行をし、この島から大和の地(宮崎)へ旅立ったという伝説があります。

「新しい太陽の昇る日」“太陽神”の天照大神が降臨した場所に訪れるのも出来過ぎた話ですが、個人的には「大神島」という名称に奇妙なシンクロを感じており、昨年の春分の日は、これもまた何の意図もなく偶然に奈良県の“大神神社(おおみわ神社)”を初めて訪れて怪奇現象の連続であった三輪山を登っているわけであり、なぜか2年連続で「春分の日」「大神」とがキーワードとなっています。

【幻の都となった纏向京】

少し長くなってしまったので、春分の日に訪れた大神島については、また別の記事にてお伝えします。

そして、ここ宮古島もまた、イエス・キリスト(イサヤ)の足跡を辿る旅であったのです。

新しい太陽時代の幕開け

05

2015年3月21日の宇宙元旦となった春分の日。宮古島より出現した日の出は、これからの「新しい時代」の到来を象徴するかのような“新しい太陽”でした。

「日・月・地」の太陽と月と地球が一直線となった前日の皆既日食の新月、岩戸隠れした天照大神が春分の日に新たな姿となって地球と人類を照らしてくださっています。

春分の日、この日の宮古島の天気予報は雨。

案の定、前日の夜より深い雲が島全体を覆い始め、日の出を見るのは絶望的な状況であり、実際に明け方に空を見上げても雨こそ降らずとも曇り空でありました。

ところが日の出の時間にビーチへ降り立つと、途端に青空へと移り変わり、そこに登場したのは今までの人生で見たことのないほど、赤く美しい太陽の姿でした。

思わず無心で手を合わせ、この太陽を魅せて頂いた天の計らいに感謝し、地球再生へ向けた世界平和と人類繁栄を心からお祈りしました。

58

撮影をしようにもカメラの焦点が合わず、時には宇宙船のような姿も魅せてくれる太陽は、まさに新しい天照大神の姿であり、真の地球の岩戸開きが始まったことを告げる象徴でもありました。

この影響は現象界である今の世の中、個々人1人ひとりにも大きな変化を与えることになると思います。

06

新生太陽が姿を現したのは、ほんの僅かの時間であり、すぐに見た目としてはいつもの太陽の姿に戻りましたが、奇跡的な日の出から1時間もしないうちに再び空は雲に覆われ、天気予報のとおり曇り空となって太陽は姿を隠してしまいました。

この宮古島で起こった春分の日の奇跡は、ここから始まりではなく前日からすでに数々の奇跡が始まっており、その不思議な出来事の詳細は少しずつご報告していけたらと思います。

まずは新しい太陽時代の始まりを、心から祝福したいと思います。

“終わり”と“始まり”の新月(皆既日蝕)と春分の日

31
※宮古島の美しい海より(3/19)

本日、2015年3月20日の18時36分から「魚座」の新月であり、今回の新月は“皆既日蝕”となります。占星術の世界では、次の“部分日食”(2015年9月13日)まで影響が続く特別な新月となるようです。

太陽と月と地球が一直線に重なり、月が太陽を覆い隠すことによって世界から光が消滅する日蝕は、太古の昔より「天の異変」と畏れられ、聖書では「黒い太陽」として終末の世に出現するもので、また日本では天照大神の“岩戸隠れ”の神話としても知られています。

その後の太陽の復活、つまり神話における「岩戸開き」は、占星術では、これまでの「私」を一度葬り捨てた後、新しい「私」がよみがえるプロセスと考えるそうです。

日蝕は破壊と再生による生まれ変わり、再スタートの象徴として古くから大事な天からメッセージとして捉えられていたようです。

今回の「新月(皆既日蝕)」は、12星座の最後である魚座の中でも最終度数のタイミングで起こり、また翌日の3月21日は「春分の日」となります。

春分は太陽が牡羊座へ入る節目であり、占星術では春分が2015年の実質的なスタート(元旦)のタイミングとして位置づけられているそうです。

つまり、今回の「新月(皆既日蝕)」「春分の日」は、様々なサイクルの「終わり」が重なるタイミングであり、同時に新たなサイクルやステージが「始まる」節目のタイミングとなります。一説では、今回の春分の日は、通常の72倍のエネルギーが降り注がれるとも言われています。

今晩の新月より、自分の想いや祈りを天に向かって届けると、いつも以上の新月よりも実現する可能性が高まると思います。

個々人の心身や周囲の状況、また世の中全体においても、新たな再スタートの流れが始まるタイミングであり、今晩から明日にかけて始まる新ステージを心機一転楽しく過ごしていきましょうね。

ムーの叡智が色濃く残る宮古島より、1人ひとりの「岩戸開き」が始まることを祈っております。

青森県に残るキリストの墓

05

キリストの墓
イエスキリストは21才のとき日本に渡り12年の間神学について修行を重ね33才のとき、ユダヤに帰って神の教えについて伝道を行いましたが、その当時のユダヤ人達は、キリストの教えを容れず、かえってキリストを捕らえて十字架に磔刑に処さんと致しました。
しかし偶々イエスの弟イスキリが兄の身代わりとなって十字架の露と果てたのであります。他方、十字架の磔刑からのがれたキリストは、艱難辛苦の旅をつづけて、再び、日本の土を踏みこの戸来村に住居を定めて、百六才長寿を以て、この地に没しました。この聖地には右側の十来塚にイエスキリストを、左側の十代墓に弟イスキリを祀っております。以上はイエスキリストの遺言書によるものと謂われております。

「ゴルゴダの丘で磔刑になったキリストが実は密かに日本に渡っていた」というトンデモ情報が話題となったのは、今からちょうど80年前の1935年のこと…。

竹内家に大昔から伝わる古文書「竹内文書」「イスキリス・クリスマスの遺言」という文書があり、その伝承のもとに竹内巨磨が青森県にある“戸来村(へらいむら)”を訪れ、実際に「キリストの墓」と思われる場所を発見したところから始まりました。

「キリストが日本に?バカバカしい…(苦笑)」

と一般的にはトンデモ情報や都市伝説として扱われている「キリストの墓」でありますが、これが一概には噂では片付けられない奇妙なシンクロがいくつもあり、それがキリストの墓が発見された青森県の戸来村(現・新郷村)に数多く残されています。

christ-tomb_300

「戸来(へらい)という地名は“ヘブライ”が訛った言葉ではないか?」

これだけなら単なるこじつけに思えますが、この地方の伝統的な盆踊りで歌われる「ナニャドラヤ」という言葉が意味不明の歌も、ヘブライ語にすると「神を讃えん」という意味になったり、他にも、この地域では昔は父親をアヤまたはダダ、母親をアパまたはガガというヘブライ語と同じ呼び方をしていたようです。

20091026025433a25

また現在のキリストの墓は村でも2番目の旧家である沢口家のものでありますが、その沢口家の家紋は六芒星の“ダビデの星”がもとになっているそうです。

christ-closs_300

この地域には、他にも子供を初めて野外に出すとき額に墨で十字を書いたり、ユダヤの文化や風習と関係する偶然とは思えないシンクロ的な要素がいくつも残されています。

40

先週末、この「キリストの墓」のある青森県三戸郡新郷村を訪れました。案内標識をはじめ、現地にも立派な看板が作られており、かつては土饅頭しかなかった墓と思われる場所も今となっては青森県を代表とする観光地として整備されています。

45
※弟イスキリの墓「十代墓」

55
※キリストの墓「十来塚」

「キリスト来日伝説」については、個人的にも知っていることがいくつかあるので信憑性は高いように思っていますが、ここが実際の墓であったのかどうかの真相は分かりません。

聖地というにも、観光化された今は少し雰囲気が違うかもしれませんが、ただ、それでも大昔にこの地に古代ユダヤ人が居たのは間違いないと思います。

27

それにしても、この青森のキリストの墓へ、本国の聖地エルサレムからしっかりと友好の印として石が寄贈されているのは驚きでした。

普通、ジョークでもキリストの墓が日本にあるとなったらユダヤ人には怒られそうな気がしますが、もしかすると彼らもキリストの真実を色々知っているのかもしれません。

00

アメリカの解剖学では、イエス・キリストという人物は「青い目で金髪の白人ではなく、黒い目の黒髪の東洋人のような容姿だった」という研究データがあり、実際に霊感の強い人や超能力者がビジョンによって視るキリストは、ほぼ全員が日本人のような容姿であると答えます。

イエスが来日していたのであれば、そのDNAは今も多くの日本人に継承されている可能性がありますし、それでなくとも、多くの渡来した古代ユダヤ人のDNAと魂の記憶が日本人には受け継がれていると思います。

自分は今年でちょうど33歳。もしかすると、竹内文書に伝わる日本に来日した当時のイエス・キリストもこんな感じの日本人みたいな雰囲気だったのかもしれませんね。

ヘンプ&ウールのブランケットとヘンプイベントのお知らせ

43
※千葉県の大麻神社である「麻賀多神社」

10
※宮城県の大麻神社である「青麻神社」

千葉県の「麻賀多神社」にしろ宮城県の「青麻神社」にしろ、今年に入ってから立て続けに“大麻”を神紋とする神社を参拝していますが、2015年となった今、アメリカにしろ、日本の各自治体の動きにしろ、いよいよ世界各地で新時代の「夜明けの朝(麻)」が近づいている感覚を受けています。

衣食住、医療からエネルギーに至るまでのすべて、それこそ石油の代替え資源となるヘンプ(大麻)は、今までの“地下資源文明”から、これから先の“地上資源文明”へ移行するためにはなくてはならない植物であり、また中央集権の都市型社会、お金の支配下による依存のワンワールド世界から地方分権の自立した地域循環型社会、自給自足出来る国家を構築するためにも重要な存在となっています。

世の中を負の観点から見れば、1%未満の支配者が99%以上の人々を支配・コントロールし、富を搾取しているだけでなく、人々を奴隷や家畜として扱っているのが現代文明の実際の構造となっていますが、この仕組みから脱却して現状を変えるには、いくら支配者を批判しても、お金の世界を批判しても何も変わらず、今の産業構造を根底から変える仕組みを99%以上の人々自らで構築しなければなりません。

その中において、フリーエネルギーなどとは違い、我々諸民が現実的に最も効果的に、その新産業構造構築に参加できるのが大麻であり、大麻が正しく世の中に普及して使われるようになれば、日本が真の自立と独立、日本だけに限らず世界の99%以上の人々が今の依存と支配からの脱却の道へと進むことになります。

たった1つの地球上の植物において、ここまで世の中を大きく変えるほどの影響を与えるものは他にはないほど、大麻の持っているポテンシャルは計り知れないものがあり、それだけに文明の進化の過程において、真の力が発揮される前に封印されていました。

大麻は古代の叡智と近代文明の叡智が融合すると、あっという間に地上天国を実現し、地球を再生する力を持っていると思います。

03041353_54f68fd72aa58
37

ということで、引き続き“やつは”では、ヘンプの社会的認知に向けてヘンプ商品の開発と普及をしているのですが、本日はヘンプを使った新商品とイベントのご案内。

まずヘンプを使った商品は、ヘンプ30%とウール70%を混ぜた「ヘンプウール」のブランケットです。

03041400_54f69164d39a9
22
57

ヘンプは、霊的な意味でも“守る”“繋がる”などのエネルギーの高い生地として有名ですが、機能的にも抗菌性に優れて丈夫であります。

これに加えて、ウールの持つ保湿性や保温性、防水性などの効果がプラスされた「ヘンプウール」は、見た目の高級感溢れる雰囲気もさることながら、肌触りが本当に良く、またブランケットとして活用することで生活の様々な場面で役立ちます。

特に小さな赤ちゃんやお子様のいるご家庭では、このブランケット1枚あるだけで、おくるみや寝る時のシーツ代わりに使えたり、当然毛布代わりにも使えます。大人も寒い日に膝にかける、冷房が寒い夏でも体温調整に使えて、車の中に1枚あるだけでも年中便利です。

こちらの「ヘンプ×ウール」という組み合わせの商品は珍しく、まだ量産が出来ないので今回は30枚限定の発売となってしまいますが、またウールとの組み合わせ商品は今後も検討したいと思っていますので、もしも在庫切れとなってしまった場合も次回にご期待下さいませ。

▶ ご購入はこちら《ヘンプウール ハーフ・ブランケット》

続いては、ヘンプ関係のイベントについて。

4月12日に千葉県において料理研究家の黒田由恵さんとのヘンプイベントを開催致します。

event1-04

「菜食健美・祈りと癒しのテーブル」第2回
前回、皆様からご好評頂き、2回目を開催させて頂くことになりました。
今回は、『天下泰平』の執筆者、人気ブロガーの 滝沢 泰平さんをゲストにお招きします。
食用・繊維・燃料として様々な用途がある大麻についてのお話し、これからの地球の為の日本人としてやるべき事、役割など、旬でコアなお話をして頂く予定です。
滝沢さんのお話と、黒田さんのからだにやさしい和食ヘンプコース料理をお楽しみ下さい。
☆ご提供させて頂きましたお料理のレシピ付き☆彡

4月12日(日)
:11時30分〜 受付
:12時00分〜 開始
:16時00分  終了
お料理・ヘンプ(麻)・指定ソフトドリンク飲み放題
場所:自然流ダイニング ひつき屋
http://s.tabelog.com/chiba/A1201/A120101/12033125/
千葉市中央区弁天1-15-8サンライズビル1F(千葉駅西口から2分)
TEL 043-301-4180
会費:15000円  限定25名

プロフィール
ゲスト 滝沢 泰平(たきさわ たいへい)
event2-01
やつは株式会社 代表取締役
1982年(昭和57年)、宮城県仙台市生まれ
自然微生物農法による「半農半X」を個人と企業へ普及させるために、スバルランド(現・やつは)株式会社を設立。
自給自足できる社会づくりを目指す。
月間100万アクセスのWebサイトブログ執筆者。
『レインボーチルドレン』『これから10年「世界を変える」過ごし方』など著書多数。

event1-01-225x278

料理家・ヘンプ料理研究家 黒田 由恵
菜食料理を中心に食べてしあわせ、身体にやさしく、目にも美しく、美容に良いお料理やお菓子のレシピを日々生み出している。
2014年からヘンプを使った料理を毎日の生活に取り入れやすいシンプルな レシピでブログにて発信中。
http://s.ameblo.jp/monamooon23/
メニュー開発・イベント・企業やアーティストとのコラボの他、少人数制のお料理 、お菓子教室を主宰。
キッチンから始まる世界平和。「ことりプロジェクト」主催。
https://m.facebook.com/kotorinospoon?_rdr
2015年からネットにて、ヘンプのお菓子屋さん「ことり菓子店」を開店。
http://kotorikashi.thebase.in


この度、厨房を黒田さんの為に提供して下さいました、渡辺オーナー様よりお店情報
食材には徹底的にこだわり、1年を通した循環の恵を味わう。肉食がなくても楽しめる料理をテーマに。
「食」は、人を良くすると書きます。食べたものが、その人を創ります。
楽しいひと時を、より健康的に過ごして頂ける事を、ひつき屋の使命としています。
また、お店運営の他にも、あらゆる社会問題に警鐘を鳴らす情報発信も行っています。
幸食研究所 http://www.kousyoku.net/

皆様のご参加を心よりお待ちしております。
お申込み  http://andeskikaku.com/
アンデス企画 担当:落合

ちょっと普段よりもお値段は割高かもしれませんが、少人数限定で内容の濃いイベントとなっておりますので、ヘンプやヘンプ料理にご興味のある方は、是非ともこの機会にご一緒しましょう。

どうぞよろしくお願い致します。

太陽でX2.2の大規模フレアが発生

14

2297黒点群でX2.1の大規模フレアが発生しました。
担当 篠原

12日1時(世界時11日16時)に、
活発に活動している2297黒点群で、
X2.1の大規模フレアが発生しました。
2297群では初めてのXクラスフレアですが、
Xクラスのフレアは、2014年12月20日のX1.8以来で、
およそ3ヶ月ぶりの発生です。

Xフレアと、それに続く活動の様子を、
SDO衛星AIA131と304の動画で紹介します。
AIA304(赤)の写真では、
Xフレアとともにコロナのガスが激しく噴き上がっています。
また、動画の後半では、2297群から右上の領域かけて、
大きく爆発が広がっています。

GOES衛星のX線グラフは、
昨日から今日にかけてさらに激しく変化しています。
M1.8、M2.6、M1.0の中規模フレアや、
Cクラスのフレアも10回以上記録されています。

2297黒点群の活動には引き続き注目して下さい。

これらのフレアに伴って、
CMEも噴き出している可能性がありますが、
SOHO衛星の写真がまだ更新されていません。
明日にでも紹介できると思います。
フレアの発生地点が太陽の中心付近なので、
地球へ影響が及ぶ可能性も高くなっています。

現在の太陽風は、速度が400km/秒から少し下がって、
380km/秒程度と少し低速気味になっています。
磁場強度は、5nTから8nTにやや上がっています。
コロナホールの影響が及び始めているのでしょうか。

磁場の南北成分は、南北にゆっくりと変化しています。
このため磁気圏の活動も、高まったり、静かになったり、
ゆっくりと切り替わっています。

今後、コロナホールとCMEによる太陽風の乱れが
重なる様に到来するかもしれません。
磁場が強まって、大きく南向きに振れると、
磁気圏の活動もより激しくなります。

地震には自然地震もあれば人工地震もありますが、いずれにしても地震が起こるにはいくつか条件があり、その中で近年注目されているので“磁気量”です。

これは、地球内部の地殻に溜まった磁気エネルギーが解放されることによって地震、または火山の噴火が起こるという理論です。

この磁気エネルギーは宇宙から地球へともたらされるものであり、その主な供給源は太陽からのフレアとなります。

太陽フレアは、一般的には規模によって三段階に大きさが分かれており、小規模のCクラスと中規模のMクラス、そして大規模のXクラスがあります。

Cクラス程度のフレアであれば、どんなに数が多くても大して磁気エネルギーも蓄積されませんが、Mクラスほどになると、敏感な人は地球に届く時点で体調にまで異変が出て来るケースもあり、Xクラスまでなると、人によって気絶してしまうような突然の眠気や頭痛、発熱などが発生することがあります。

人間も磁気フィールドに覆われて生命活動が営まれているからこその影響ですが、一方で太陽フレアで大量の磁気エネルギーが地球へと到達すると、磁気システムで動いている通信機器や発電所などにもトラブルが発生することがあり、携帯電話やインターネット回線に障害が出たり、または大規模停電が発生することもあります。

50

2015年に入ってからは、まだ一度もXクラスに到達するような大規模フレアは発生していませんでしたが、ここ最近になって出現した2297黒点群というのが、かなり活発な動きをしており、3月8日の午前7時にM9.2のほぼXクラス規模(X0.92)の太陽フレアを発生させましたが、ついに今から24時間ほど前、3月12日午前1時10分にX2.2の大規模フレアを発生させました。

1503121121_sdo_hmii2

実に3ヶ月ぶりのXクラスの太陽フレア。それも発生したタイミングでは、黒点の向きがほぼ地球方向へと向いており、これは磁気エネルギーが地球へとモロに直撃する可能性が高いものと思われます。

太陽フレアが地球へ到達するのは、およそ31時間程度と言われていますが、多少のスピードの違いがあっても明日の午前中、もしくは午後には到達すると思われます。

とはいえ、例えXクラスのフレアが発生しても、磁気エネルギーが含まれる太陽ガス(CME)が吹き出していない場合もあり、それであれば“空の弾丸”なので、ほとんど何も影響はありません。

今回、CMEが吹き出したかどうかは分かりませんが、銃口は確実に地球方向へ向いているので、もしCMEが発生していたら、明日頃は突然の体調不良、通信機器のトラブル、そして何よりもマントルが刺激されてマグマが電子レンジでチンされた状態となり、その影響による大きな地震、火山の噴火には要注意となります。

14

シャク暦を見ると、本日13日は“彗星近日点(★)”が2つもあり、地震トリガー日に指定されています。個人的には半月(下弦の月)の14日などの週末頃に中規模地震が太平洋沖などで心配ですが、今日から春分の日頃までは、連続してトリガー日が続くので、ここ1週間ほどは体調管理もさることながら防災意識を少し高めて過ごすことが良いかもしれません。

かつて“地の高天原”と呼ばれた東北地方と首都「仙台」

58

竹駒神社(たけこまじんじゃ)
竹駒神社は古くから日本三稲荷の一社に数えられる極めて霊験のあらたかな神社とたたえられ、衣・食・住の守護神であられる倉稲魂神、保食神、稚産霊神の三柱の神々をお祀り申し上げております。御創建は人皇54代仁明天皇の承和9年、(西暦842)で、小倉百人一首にも名を連ねる参議小野篁卿が陸奥守として御着任の際、東北開拓・産業開発の大神として御創建され古くは平泉藤原三代、降っては仙台藩主伊達家歴代の尊崇頻る篤く、特に大衆を慈しまれる神として崇められております。

 東北地方を襲った大震災から4年。先週に仙台を訪れた際は、すでに震災前と変わらないほど復興が進んでいるようにも思えましたが、沿岸部の地域は今もなお、仮設住宅や仮設学校が立ち並び、家や仕事を失った人々が、今も大勢不安定で不自由な生活をしているようです。

ただ、いくら建物や町が復興しても、人々の「心の復興」は簡単に済むものでもなく、震災が人々に与えた深い傷は、少しずつ、1人ひとりが時間をかけて癒されていくのだと思います。

亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、東北の地域と人々が本当の意味での復興が進むことを心より願っております。

そして、自分の生まれ故郷であり、DNAのルーツでもある東北の地に少しでも恩返しが出来るような生き方を今後も継続していきたいと思います。

そんな想いもあって、先週末に訪れた宮城滞在の最終日は、宮城県岩沼市にある「竹駒神社」へと参拝しました。

ここは日本三大稲荷の1社であり、レイライン上でも重要な位置に存在しているようで、古くから宮城県、東北地方でも“要石”としての存在の結界が張られた大切な神社であるようです。

10

竹駒神社の南側には、境内社がいくつか鎮座していますが、その中で目立って鎮座しているのが、出雲大社の本殿の8分の1の大きさで建てられた「出雲神社」です。

「なぜ、東北の地に出雲?それも宮城県に?」と思うかもしれませんが、実は、この東北の地は“出雲”と非常に縁が深く、また、その中で宮城県、特に仙台においては、かつて存在していた出雲系統の東北王朝の中心地であったことは、まだ、あまり知られていません。

hotumatutae2
※ホツマツタエに登場する「アワの歌」

その史実を伝えるのが、最近は「アワの歌」でも知られる日本の古代文献「ホツマツタヱ(秀真伝)」です。

記紀(古事記・日本書紀)よりも古く、一方で記紀よりも内容に整合性があり、天上での出来事であるとされている神代の事柄が地上での実在の人物による出来事として詳細に記述されています。

かつては“偽書”として扱われながらも、近年においては、記紀の原典ではないかと比較研究を進めている研究者も存在するほど、今となっては数少ない“真書”の1つとして注目される日本を代表する古文献です。

ホツマツタヱでは、記紀のアマテラスが“男神アマテル”として語られたり、高天原が「日高見国(ひたかみのくに)」にあり、その日高見国を仙台地方とする東北王朝史を記しています。

そして、一般的に知られているニニギノミコトの“天孫降臨”ですが、ホツマツタヱでは、天孫降臨はニギハヤヒノミコトとニニギノミコトの2度あったと記されています。

その詳細については【「竹内文書」の謎を解く: 封印された超古代史(著・布施泰和)】という本の中で、ホツマツタヱの内容の一部が紹介されています。

42

51

「竹内文書」の謎を解く: 封印された超古代史(著・布施泰和 )
日本列島には「壺」と呼ばれる三つの聖地(琵琶湖瀛の壺、富士山逢の壺、仙台の方の壺)がある。このうち方の壺がある仙台地方はもっとも古く、七代の天神によって開闢された日高見国であり、地の高天原と呼ばれたという。古代東北地方は日本の先進地帯で、多くの巨大な建築物が建てられた。
特徴的なのは、①日本神話の舞台である高天原は、日高見国、つまり東北である、②天照大神が男神で十三人の后がいた、③日高見国からの「天孫降臨」はニギハヤヒノミコトとニニギノミコトの二度あった、④ニギハヤヒは仙台から鹿島を経て難波に上陸、飛鳥宮に君臨した

ホツマツタヱによれば、日本列島には「壺」とよばれる3つの聖地があり、このうち「方の壺」と呼ばれる仙台を中心とする一帯が、7代の天神によって開闢された最古の「日高見国」であり、ここが“地の高天原”とされていたようです。

その中心は、現在の多賀城跡付近であったと言われていますが、この多賀城を守っていたのが先日にお伝えした「塩竃神社」であり、ここに太古の縄文時代から伝わる王家のシンボル「18菊花紋」が存在するのも納得という訳であります。

270f600b
※秋田県の唐松神社に伝承されるニギハヤヒの画

そして、ついには仙台にも登場したのが出雲の皇子「ニギハヤヒ」であり、古代の「地の高天原」である仙台(日高見国)から、西日本の大和の地へと旅立ったようです。

nigihayami

偶然か必然か、昨日に車の整理をしていたらポンと出て来たのがジブリ映画「千と千尋の神隠し」であり、久しぶりに全部を見る機会がありましたが、改めて「千と千尋の神隠し」を見ると、今の時代に必要な様々なエッセンスが盛りだくさんで驚かされます。

ここに登場する青年「ハク」は、このニギハヤヒがモデルとされていて、ハクの正式な名前は「ニギハヤミコハクヌシ」という白龍に設定されています。

“神隠し”とは、一般的にはこの世から人が消えてしまう霊的な現象として知られていますが、見方を変えれば「神様を隠す」という意味でもあり、歴史上から消された神、または神として神話の世界に隠されてしまった実在した人間のことを意味するケースも考えられます。

38

その代表的な存在であるのが、かつての統一日本を治めていた「ニギハヤヒ」であり、そして、その正妻として存在していた「セオリツヒメ」であると思います。

「千と千尋の神隠し」は、そんな離ればなれになった男女の神々の神話のエッセンスも入っているいるのかもしれません。

ここ数年、全国各地を旅する中で入って来る情報、メッセージの多くが、このニギハヤヒとセオリツヒメであり、それに加えて今年に入ってから急激にシンクロするのがイエス・キリストとマグダラのマリアで、ユダヤとヤマトを代表する陰陽の男女の魂が今、再びルーツや足跡を辿ることで統合されていく流れを強く感じております。

その流れの中、今は霊的な世界でも現実世界でも「縄文回帰」が着実に進んでおり、縄文に活躍していた神々と縄文に栄えていた地域が復活を始めています。

ここ八ヶ岳もその地域の1つですが、かつての日本の中心地であった東北地方は、単なる復興という形で元の姿を取り戻すだけでなく、これから先に再び本来の日本の原点の地域として大きく生まれ変わるタイミングがやって来ると思います。

18菊花紋の日本

30
※塩竈神社別宮

「お伊勢まいらば○○もかけよ、○○かけねば片参り」という言葉がありますが、この○○には熊野・朝熊・津島・多度・多賀などのいくつかの神社が入り、伊勢神宮内宮を参拝したら他の神社も参拝しないと片参りで、せっかくのお参りが中途半端になってしまうと昔から言われています。

これについて、より正確には伊勢神宮を参拝したら、次に多度大社、その次に多賀大社に参拝する流れが良いみたいですが、実はそれでも完結するわけはなく、ほとんど知られていないようですが、最後に宮城県の塩竈市にある塩釜神社を参拝する必要があるみたいです。

伊勢・多度・多賀・塩竈にて、1つの参拝ルートが完成するようです。

そんな重要な塩竈神社ですが、本殿よりも大切なポイントであるのが、本殿に向かって右横にある別宮だそうです。こちらには“サルタヒコ様”がいらっしゃるようです。

週末は宮城県を訪れましたが、伊勢からの参拝ルートとは別で、この重要な場所として知られている塩竃神社をスポットで参拝してきました。

3.11から丸4年を迎えるにあたって、亡くなった人々への鎮魂、復興がより進むことをお祈りしながらも、日本という国が本来の姿に戻って新たなスタートを切る準備が出来たこともお伝えしてきました。

43

50

塩竃神社の建物自体には、16菊花紋の天皇家の紋章が使われていますが、古い石灯籠の中には、16菊花紋ではなく、なぜか「18菊花紋」が使われています。

11025635_772618096162102_4977977555767302422_n
※八ヶ岳南麓を守る大滝神社も18菊花紋

実は、八ヶ岳南麓の古い神社「大滝神社」もまた、一部の石灯籠に18菊花紋が使われていますが、この18菊花紋こそが、本来の天皇家の紋章であり、これはご神事の時にしか使えない特別なシンボルだったようです。

現代の16菊花紋を皇室の紋章としたのは明治維新の時であり、岩倉具視によって全国の神社等にも導入されたようですが、江戸以前の古い日本の皇室のシンボルは、実はユダヤと同じダビデの星である六芒星が皇室のシンボルだったとも聞きます。

01

まもなく迫っている皆既日食。そして続く皆既月食。日月の神々の統合、新時代への切り替わりが始まった今、その中心にある日本という国が大きく生まれ変わり、本来の姿を取り戻して世界へ影響を与える時が来ていると思います。

太陽信仰がすべての中心だった日本と世界が、再び妙見信仰との和合が始まり、太陽神である天照大神様もまた本来の姿と立ち位置によって新生日本と新生地球の大きな力となるかもしれません。

18菊花紋の日本をはじめ、隠されていたものが表に出る時代であり、また2つに分離していたものが1つになる統合の時代となります。

男女の陰陽だけでもイザナギとイザナミ、天照大神とスサノオ、ニギハヤヒとセオリツヒメ、イエス・キリスト(イサヤ)とマグダラのマリア(ナザレ)など、目に視えない世界で多くの統合が始まっていると思います。

これが現実世界にどのように影響を及ぼしてくるのか、これから先がとても楽しみな時代となりそうです。
オーガニックヘンプ食品

11061550_545b1a4010c5c

オーガニック ヘンプナッツ
《商品ページはこちら》


11061821_545b3d7e0a519

オーガニック ヘンプオイル
《商品ページはこちら》


11071700_545c7c1a3fc66

オーガニック ヘンプパウダー
《商品ページはこちら》
セール商品
最新記事
facebook(滝沢 泰平)
facebook(天下泰平)
レインボーチルドレン
目覚めよ<<宇宙の雛型>>スーパー日本人!
今ここ日本列島が<<ノアの方舟>>となる
宇宙のヘソ富士山と共にアセンションせよ
これから10年「世界を変える」過ごし方


天下泰平メルマガ(無料)
やつはの会員登録(無料)をすることで毎週月曜日に会員メルマガが届きます。

会員登録ページ
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ