電車で新聞を読んでるおじさん2人に挟まれました。
ふと、突然話しかけたい衝動にかられます。
「ほぉ~、日経新聞ですか?お父さん株価も落ち着いてきてひと安心ですか?いやいや、ところで聞いてくださいよ、今は闇の組織が金融システムで揉めていて、今後は…。」
逆のおじさんはスポーツ新聞のハレンチな記事に目が釘付けです。
「お父さん、気持ちはよ~くわかります。しかし、今はそれどころじゃないんです!実は僕は別の星から来た人間で、今地球の今後の運営についてを…」
と、突っ込みたい気分でしたが、もちろんこんな話はしません!むしろ黙って僕も記事に釘付けです。


昨日みたいに変な人に会うと何がリアルなのかたまにわからなくなります。
そんな時はこうしたくだらいことを考えて自分を内観し冷静になります。「よし、ここが現実でちゃんと地に足ついてる!」っと。

そして冷静にフラットな状態になった自分でもう一度昨日の場面を思い出します。
話の内容、相手の声、表情、その場の匂いから客観的に見た自分まで。

そんなタイムスリップ?した状態で自分の魂に質問。
「彼は本音でしゃべってる?」「安全でいい人かな?」「エゴはないかい?」などなど。

そうして返ってきた声はやっぱり「NO!」。彼は仮面をかぶっている!あの時感じた冷たいオーラは間違いありません。

冷静な自分からの声はやっぱり大きいです。なのであの人にはもう近づきません…。でも、そうなると社長が気がかりになってきたので今度一度話を聞いてみようと思います(変に洗脳されたり、悪いものが憑いてないか確認)。

他にも善か悪かを判断するときの1つの基準に、そこには「ユーモア」があるかをみます。

僕の大好きなチャップリンはユーモア持ってナチや資本主義を批判しました。

どんなに良いことばかり言う人も、どんなに悪いことだけ言う人も事実だけでは何が正しいかわかりません。殺人もそうです。

「人を一人殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄になる。殺人は数によって神聖化する」
とチャップリンは言いました。

ニュースや国も何が正しいかわからない世の中です。
善を叫べば大衆は奮起するかもしれせんが、悪に対する怒りというマイナスが生まれます。行きすぎればいつのまにか悪に転身するかもしれません。
悪は当然恐怖というマイナスを生みます。
どっちにしろマイナスを生むものでは明るい世界は作れないと僕は思います。

ユーモアのように裏表のないフラットなものが笑顔や安心を作り、明るい世界を作れるように思えます。

固い話が多いかもしれませんが、本当は真面目が超苦手です。