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※「あいをよる おもいをつむぐ」著・さとううさぶろう

ある日突然、「声」がふってきたんです(「あいをよる おもいをつむぐ」より)
 そんなぼくが、なぜ、タイのチェンマイに拠点を移したのか。ヨーロッパの優美なセンスが好きで、物質文明の最先端ともいえるオートクチュールの世界にいたデザイナーが、アジアの手つむぎ手織りの布で服を「共同制作」するなんて、ふつうならありえない展開です。

そのきっかけとなった体験を、これからお話ししたいと思います。科学的にいえば説明不能なのですが、ぼくの身のうえに、たしかに「それ」は起こったのです。

 ブリュッセルに落ち着いてから三年が過ぎようとしていました。いまでも忘れません。1991年の3月18日…。

 ぼくは自宅で、翌日からの旅行のために荷物をスーツケースに詰めていました。ロンドン経由でアメリカに立ち寄り、日本まで行くというプランです。数日前から食欲がなくなり、妙にハイになっていたのですが、“地球一周”の旅に出るので「ちょっと興奮しているのかな」くらいに思っていました。

 ふと、時計を見ると午前10時10分です。センテンスがいきなり、からだに飛び込んできました。声がふってきた、とでもいうのでしょうか。

「いま、あなたが何でもできる存在だとしたら、何を望みますか?」

!?

「もしかしてアレ?」

 昔、友人と入った居酒屋のマスターに、「あなたは42歳のときに大きなチャンスがくる」といわれた記憶が、瞬時によみがえりました。

「来た!」と思った。でも、とっさのことで何も浮かびません。

「三秒で答えなさい」

「じゃあ、身長を175センチにしてくれる?」

 いってから、しまったと思いました。「もっと、ましなことをいうんだった・・・」。

声はどんどん、たたみかけるように聞いてきます。

「はい、次は?」

「はい、それから?」

 思いつくままに答えていたのですが、続くのは問答だけ。ちょっとつまらなくなり、「新しい服のデザインを見せてよ」といってみました。

 すると、今度は見えたのです。ぼくはいつの間にか自分の仕事部屋にいて、ボディ(人台)には次々と新作の服がかかっていました。「うわあ、すごい・・・」。

 俄然おもしろくなってきて、夢物語のようなことを口走っていました。

「空を飛べるようになりたい」

 すると、空から地上を見ている自分がありました。

「月に行ってみたい」

 すると、宇宙から地球を見ている自分がいたのです。

 こんなことって、あり!?でも、あまりにもリアルすぎる感覚に、胸は高鳴り、心臓が飛び出しそうです。全身の血液が沸きたち、細胞の一つひとつが喜びのあまり弾け飛ぶような充実感と高揚感・・・。

「そうだ。やっぱり、好きな人と幸せになりたいよね。」

 すぐさま、ヴィジョンが現れました。ぼくは美しい海辺で、パートナーとリラックスして寝そべっていました。でも、ぼくたちだけ。

「ほかの人たちはどうしたの?」

「ほかの人のことなんか、どうでもいいじゃないですか」

どうでもいい? それって自分勝手すぎなくない?

「だったら、いままでの体験は全部いりません」

 至福感の絶頂のさなか、この出来事は突然終わりました。

 時計を見ると、午前10時10分。1分たりとも進んでいません。部屋の様子も、とりたてて変化なし。ただ、ぼくのからだは異様に熱く、服を全部脱いでスッポンポンになっていました。

 なんだかヒリヒリするなあと思って見てみると、両ひざと両ひじがすりむけて血がにじんでいます。細胞が弾け飛ぶほどの高揚感とともに、実際に床を転げ回っていたようでした。

「どうしよう? オレ、時間がないところに行っちゃった。気がおかしくなっちゃったのかな・・・」

 ぼくはその日を境に、「突然変異」してしまったのです。(「あいをよる おもいをつむぐ」第1章より転載)

 今から22年前の42歳の時、突然覚醒が始まった「さとう うさぶろう」さんは、今でこそ自然服のブームを日本にもたらした「うさと服」のデザイナーとして有名ですが、実際は服のデザイナーというより、特殊能力、いわゆる第六感を持つ聖者のような方であります。

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※さとう うさぶろうさん

「聖者」というと、本人は嫌がるかもしれませんが、直接お会いさせて頂いた感想としては、久しぶりに心が震えるほどの偉人にお会いできたと感じております。

実は、今回の関西への旅のメインの目的は、この「うさぶろう」さんとお会いすることであったのです。

事の発端は、6月8日に行ったヒカルランドでの私の講演会であり、そこに参加された方の中にうさぶろうさんと仲の良い方がいらっしゃいました。

その方のもとに、講演会の翌日に日本に帰国中であったうさぶろうさんから突然連絡があり、そして「何かあった?」という質問をされたそうです。

そこで私の講演会に参加したこと、私についてをうさぶろうさんに伝えたところ「会いたい」という話になり、その次の日には直接うさぶろうさんから電話がかかってきました。

私とうさぶろうさんは、もちろん面識はなく、ただ私が一方的に「うさと」の服の大ファンであり、講演会も両日ともうさとの服でしたし、私服は基本的にうさとです。

これは自然食に目覚めた時も衝撃的でしたが、自然服との出会いも衝撃的であり、それこそ初めてうさとのヘンプの服を着た時は、その着心地だけでなく、脳波が瞬時に変わったことに驚かされたのを覚えています。

「初めて本当の“服”というものに出会えました」と実際にうさぶろうさんとお会いした時にもお伝えさせて頂いたのですが、それほど個人的には衣食住の“衣”における大転換が起こった出会いだったのです。

それがまた、本人から「会いたい」と言われるとは思ってもいなかったですし、まさか本人から連絡が直接来るとは思ってもおらず、朝一番に「さとう うさぶろうです…」と電話があった時はびっくりしました。

さらに、実はこの日は、明け方近くまで起きていた時であり、電話があった時は失礼ながらも寝起きというか、電話によって起こされたのでした。いわゆるモーニングコールです。

そして、その時に夢を見ていたのが、なぜか関西へと向かっている内容の夢であり、普段から夢のメッセージを重要視してるので「あぁ、これは関西へ行く話になるなぁ」と思っていたら、案の定、うさぶろうさんが日本にいる間は関東でお会いできるタイミングがなく、結局お互いが会えるのは18日の夜、それも場所は京都でした。

そんな流れから一昨日の夜、初めてうさぶろうさんとお会いしてきました。

第一印象、これで大体の人の雰囲気がわかるのですが、それは「わっ、宇宙人の“眼”をしている」というのが正直な感想です。

その表現が正しいのかどうかわかりませんが、とにかく吸い込まれるほど深く大きな眼でした。

と思って見ていたら、うさぶろうさんも「キミ、面白い“眼”をしているね」と同じようなことを言いました。もちろん、一言も“眼”の話なんて出していないんですけどね。

「いやいや、うさぶろうさんこそ不思議な“眼”をしているじゃないですか」と、そんな話から二人の会話は始まったのですが、実は、この“眼”の話題もすべて意味のあることだったのが、最後にわかりました。

それは後ほどお伝えするとして、うさぶろうさんとの食事は、とても楽しく、その優しいお人柄だけでなく、価値観や感性のすべてが魅力的な方でした。

また、二人の共通点もあり、それはお互い“左利き”ということでした。これは“左利き”の人であれば分かると思いますが、“双子”の人達が「お互いの気持ちが良くわかる」というのと同じように、なぜか“左利き”同士も気持ちが通じ合うことが多いのです。

というより、基本的に変人が多く、色々な意味で価値観が似ている部分があるので話が合うのです。

そんなこともあって興味深くお話を聞いていたのですが、ただ、うさぶろうさんは、何か不思議な違和感を感じていたようで「なんでだろう?普段緊張しないのに、なぜか緊張している?変だぞ…」と何度も言っており、途中「真ん中に座っているから落ち着かないのかな?」と端に席を移動したりとあれこれ試行錯誤していました。

そんな中、うさぶろうさんから思わぬお誘いがありました。

「京都にいる時は、貴船神社、上賀茂神社、そして下鴨神社を参拝するんだけど、一緒に行く?」といったお誘いで、それも「睡眠時間は短くても大丈夫な人?時間は朝4時からだけどね」と。

これを聞いた時「ゲッ、下鴨神社!?やっぱり出た!」というのが最初の感想であり、実はこれには深い訳があったのです。

というのも、翌日には山梨へと帰る予定をしていたのですが、その前に必ず参拝する予定地として3つの場所がありました。

1つは「東寺」であり、もう1つは「伏見稲荷」であり、そして最も重要なのが「下鴨神社」でありました。

前回の記事でもお伝えしましたが、私自身は神様も神社仏閣にも興味がないのですが、これは上からのメッセージというか指令であり、どうやらこの3つは瀬織津姫と関係している場所で、特に私との縁もある場所なので必ず行けなければいけなかったのです。

さらに、関西に行く直前にも八咫烏関係者から連絡が入り、そこでも「下鴨神社」の話が突然出て来て、どうやらこの神社には多くの秘密が隠されているようです。

いわゆる“異次元世界”との入り口もあるようですし、さらに“本物の八咫烏”もいるようです。

“本物の八咫烏”とは、それこそ天皇を守るために特殊訓練を受けて陰陽道を極めた人達であり、その能力は空間移動から何まで自在にできるレベルの方々です。

そして、そういった関係者の方々から下鴨神社の結界の解き方も教えて頂いているので、それをするためにも“下鴨神社には必ず行こう”と思っていたところに、なんと、うさぶろうさんから参拝のお誘いが来たのです。だから断る理由も当然なく、もちろんOKでした。

「では、3時30分に起こしますね」とご丁寧にもモーニングコールをして下さる約束をして下さり、その日はお互い同じホテルで早めに仮眠をとることにしました。

そして「これを明日は着て参拝にいこう」と上下のうさとの服をプレゼントしてくださり、さらにイベントに使った特別な衣装もあるので、それは当日に持参して下さるとのことでした。

それにしても、もう関西に来る直前から体に異変が起こっており、何か常に体も脳みそもフワフワと浮いているような状態で、それこそ冒頭のうさぶろうさんの著書にもある「ちょっとハイになっているのかな?」というような感じがしていたのですが、この前夜は特に激しかったので、とりあえず瞑想をして心を落ち着けてから少しだけ仮眠を取りました。

そして、朝3時30分、最初のコンタクトの時と同じようにモーニングコールがかかってきて起き、4時にはロビーへと降りると、豪華なMKタクシーが待っていて、そこから年齢差34歳の男子二人の未明のランデブーが始まりました。でも、行き先は神社ですけどね…。

さて、ここまでの話も、ここから先の話についても、本来は公開するつもりは最初からなかったのですが、うさぶろうさんが最後の別れ際に「ぼくがどんな人間かも含めてすべて伝えて良いよ。もう、そんな時代だから・・・」と自ら仰ってくれたので、全部ストレートにお伝えします。

まだ真夜中といって良いほど外は暗い世界ですが、まず車に乗り込んで向かったのは「貴船神社」です。

そして、車中において、うさぶろうさんが「手を貸して…」と言ったので、両手を上に開いていると、片方の手にうさぶろうさんの手が重なりました。

こんな話を突然すると「まさか!?」と変な妄想をする方がいると思いますが、そんな面白い展開ではなく、そこからうさぶろうさんによるリーディングが始まりました。

冒頭の著書でもご紹介したように、うさぶろうさんは、42歳に「突然変異」となってからは、普通の人には聞こえないものが聞こえたり、見えたり、感じたりする第六感を持ち合わせている方です。それも実際にそばにいて感じる限りは、かなり開いている方だと思いました。

何せ、ご自身がいつ向こうの世界へ戻るかも具体的に知っているし、さらには肉体ごと戻ることを目指しているし、それも年齢とは思えないほどの若い外見からすると、本当に出来そうな方ですし…。

そんなうさぶろうさんから出た最初の言葉は、以下のようなものでした。

「ぼくが、地球に初めてやって来た時、6つの生命体と一緒にやって来たんだけど・・・まさか日本人にいるとは思ってなかった。輪廻転生を繰り返して長い間探していたんだけど・・・わかるよね?」

「はい」

「昨日の緊張はこれだったんだね・・・(苦笑)」

というように、突然“そっちの世界”の話から始まりました。その後も「シャンバラは奥に行けば行くほど人間の体は大きくなり、一番奥の方では身長3.8mほどの人間がいる」など、地底世界の話になったり「八咫烏にも会ったよ」という話や、さらには「サンカ(サンガ)は分かるよね?」とも・・・。あとは失われたイスラエル10支族の末裔の話も。

もう言うことの1つひとつが胸から魂に響くものであり、何とも驚かされました。

そして、タクシーは貴船神社に到着し、そこから闇の中での参拝が始まりました。その前に、例の特別な衣装を持って来られていたので、お互いそれを上から羽織りました。

ちょうど出雲のイベントで使った衣装のようで、これはスサノオか何かの役で使ったもののようですが、“偶然”にもそれが手元にあったそうなので・・・。

明るいところで、一般の人々がいたらとんでもないほど目立つ衣装ですが、真夜中、それも京都の神社をこの姿で駆け巡るのは、とても楽しい時間でした。誰も見ていないと思いますが、見た人は古代人か宇宙人がいたと思ってさぞ驚いたことでしょう。

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※上賀茂神社にて

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※下鴨神社にて

参拝する場所は大木に手を当てたり、切り株の上に立ったり、時にひふみ祝詞をあげ、時に様々な言霊を唱え、その参拝の内容は、とても言葉では伝えきれないほど、まるで漫画や映画の世界にいるようであり、夜が明けた頃には上賀茂神社と最後の下鴨神社の参拝も無事に終えました。

また実は、この真夜中の参拝をする直前、ある方より私とうさぶろうさんに「上賀茂神社の中の“あるところ”を参拝して下さい」というお告げが下りました。

その指定の場所にいくと、小さな祠が2つあり、そこに祀られているのは、それぞれ「スサノオ」「瀬織津姫」でした。やはり、ここでも瀬織津姫の導きがあったのかもしれません。

参拝は4時から6時半頃まで続きましたが、すべて予定通りにこなしてホテルに戻り、朝の7時には、うさぶろうさんは荷物をまとめて北海道へ向けて出発しなければならなかったので、その前に最後の“仕上げ”がありました。

この話も言って良いのか悪いのかわかりませんが、すべてOKとのことだったので、包み隠さず言えば、それは“眼”を使ったセッションでした。出ました、初対面からキーワードとなっていた“眼”です。

『目は口ほどに物を言う』ということわざがあるように、人間は何もしゃべらなくとも眼から相手の感情を読み取ったり、また、言葉で偽りごまかしていても、眼を見ればその真偽がわかることもあります。

それほど情報が大量につまっている“眼”ですが、うさぶろうさんは「眼には、今生だけでなく今までのすべての情報が入っている」と言い、そしてお互い掌を合わせ、眼と眼を合わせてある距離で見つめ合うという、これまた超怪しいセッションを行いました。

もう、最初の頃より魂の記憶に色々と触れるものがあって、一緒に大木に触れている時から泣きそうなほど胸いっぱいだったのですけど、この最後のセッションもまた魂に触れるヤバいものでした。

自分で言うのも何ですが、よほどのことがなければ関西まで足を運ぶことはまずないのですが、今回は、もう夢の中からシンクロが始まっており、そこから次から次への考えられないシンクロが連発し、最後はこのような摩訶不思議な展開が待っているから、人生とは本当に面白いものであり、そして、必要な人とは必要なタイミングで必ず出会えるようになっているのだなと常々感心します。

最後に、うさぶろうさんの著書「あいをよる おもいをつむぐ」は、是非とも多く方々に読んで欲しい名書だと思います。これはビジネスマンにも十分に通用する真理が多く書かれています。

 ちょっと話は飛びますが、「うさと」がタイの村人から、できた分の布を全部、先方の言い値で譲り受けていることに対して、「逆に、甘やかしていることになりませんか?」と聞かれたことがありました。正直、すぐには使えない布がたまってきています。これからも、もっとふえるでしょう。うれしいことに—。

 えっ?どうしてうれしいのかって?

だって、手つむぎ手織りの布が継続するということ自体が、現代では奇蹟でしょう?どんどん失われつつある手仕事の世界が続いていくことは、ぼくにとっては喜び以外の何モノでもないのです。それをどう形にしていくのかは、こちら側の課題。彼女たちに感謝しこそすれ、甘やかしているという意識はまったくありません。(「あいをよる おもいをつむぐ」第5章より転載)

こんな発言をサラッと心から言えるデザイナー、アパレルメーカーは一体どれほどあるでしょうか。いや、そういった専門分野の人々に限らず、ここにはすべての現代人や現代企業に繋がる大事な視点や価値観が多く含まれています。

うさぶろうさんは、だいぶ前から「Give&Give」を自分の身のまわり、さらにはビジネスの世界でも実践されています。それが本書を読むことで、随所で感じ取れると思います。



また、身近で「うさと」の展示会があった際には是非とも会場へと足を運び、そして買う買わないは別として、一度は自然服を身にまとってみてください。今は急速に人々の意識や感覚も変化してきているので、きっと何がビビッと感じる人も増えていると思います。もちろん京都は本店もあるので、お近くの方は本店にもどうぞ。

【全国の展示会スケジュール】

「うさと」とは「宇宙の里」の意味であり、宇宙というふるさとに還る服で、みんなが輝くお手伝いができますようにという願いを込めて作られたそうです。

素材にもこだわりがあるだけでなく、寸法には数霊などが使われており、他にもデザインにも円や輪、環を連想させたりと自然や宇宙と関連する要素が多い服です。

「うさと」の服を着ている人同士が出会うと—。
「ふつうなら、同じブランドだとわかったとたんに目が合うのを避けたり、あの人と私、どっちが似合ってるかなって、ライバル心が芽生えたりするものでしょう?うさとの場合は、懐かしい昔なじみを見つけたような気がするんです」
 こんなふうにいってくださる方が少なくありません。話がはずんで、友だちになる人もいるようです。すごく、うれしいことです。(「あいをよる おもいをつむぐ」エピローグより転載)

これは本当にそのとおり。それは「うさと」の服に「我」がない効果もあるでしょうし、これを選ぶタイプの人々の性格やエネルギーも影響していると思います。

なぜ、食べるものも着るものも、出来れば自然なもの、そして本物志向であるのが良いかといえば、引き寄せの法則というのは本当にあり、同じ食べ物、同じ着るもの、同じ意識を持った人々というのは、自然と引き合って出会うようになっています。

だから、食事1つ変えることは、自身の味覚や体調が元に戻って嬉しいだけでなく、そこから人生の出会いが別のものへと変わっていく可能性があるのです。それは着るものから、持つもの1つだってそうですし、それこそ意識転換がいかに人生を大きく変えるかって・・・。

個人的に感想では、人生とは人との出会いによって本当に大きく変わります。人との出会いを変える、生み出すには、ほんの身近なことを変えるだけでよく、そこから驚くような人生の変化が自然と訪れるかもしれませんよ。

ちなみに、東寺と伏見稲荷は、その後に一人で参拝してきました。中学生の時、サッカーの大会で京都の修学旅行は行けなかったので、一人でしたが、良い観光にもなりました。また近々関西には行きたいと思います。というか、実際に行く用事があり、それについては、また別の記事でお伝えします。