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※封印された18菊花紋(3つの六芒星=666)の光が降りる紫苑之山(シオンの山)

名もなきて慈しみ深き人の子よ
Θ(まこと)なる 天の石戸(いわと)の あく刻(とき)ぞ

太古(まこと)の親神(かみ)の住み給ふ
天のかぐ山 玉置山 シオンの山よ 隠されし
時節(とき)ぞ参りて もの申す

我エホバ(ヤハウエ)にて 待ち給ふ 
久しき歴史(ときよ) 泣きぬれむ

人の子たちの 争(いさか)ひの いつしか止むを
待ち望み 心いためて 神霊(しむれい)の
声ぞとどけと 叫びしや 縁(えにし)の麻糸(いと)の
わざなりて 御魂(みたま)清(さや)けき 人の子の
つどひし刻(とき)ぞ いざ来たる

よくぞ見つけし 我が石の 汝(なむじ)の御霊
まさぐりて 船玉石(ふなたまいし)の御力(みちから)や
終末の世に ふりそそぐ

我ぞ さばきの 親神(かみ)なりて
フトマニ 打つ日 終止(とどめ)とす

汝等(なむじら)この世の 敷石(しきいし)ぞ
忘るるなかれ このよき日

惟神(かむながら)玉置(たまち)弥栄坐(はえま)せ

 兵庫県の霊峰「千ケ峰(せんがみね)」と奈良県十津川村の「玉置山(たまきさん)」、そして四国徳島県の「剣山(つるぎさん)」の3つ山頂には、太古の昔1万5千年も前の神籬(神々の依り処)・磐座(神々の御座所)があります。

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また、この3つの山々を直線で結ぶと、各地の間隔の距離はぴったり160kmの正三角形となり、この正三角形の円周上に対置して逆三角形を画くと巨大な「六芒星」が出現します。

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※出雲、ニギハヤヒの紋章「亀甲紋」

六芒星の頂点を結ぶと「亀甲紋」が現れ、そして、このすべての中心には、新しい文明の発祥地である東経135度の「淡路島」が納まっています。

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※新しい文明の発祥地である東経135度の明石・淡路島

淡路島といえば、日本の神話の中で最初に生まれた島でとして有名ですが、一方で古代イスラエルの失われた10支族の先陣部隊が“葦舟”に乗って日本列島にやって来て、一番最初に上陸した島でもあるようです。

淡路島へと上陸した古代イスラエル人(ユダヤ人)は、現在の洲本市由良にある小さな山の頂上に磐座を祀り、そこを最初の祭祀場としました。

また、日本にやってくる途中に多くの同志達が“葦舟”もろとも海の底へと沈み、その慰霊を鎮魂するための遺跡も造りました・・・。

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※葦舟の周囲には六芒星の象徴である紫色の光

 今年2013年は「日本開闢の年」であり、その最重要の祭祀は西の“神の戸”から7月15日に始まり、7月20日に無事に終わりました。八百万の神々の入れ替え、元の大神の復活とともに、元の日本、本当の日本がこれから始まります。

この意味のある期間、個人的には7月18日から19日にかけて、約7年ぶりに淡路島へと人生2度目の訪問をしていました。特に具体的な目的もなく、この時期に改めて“神”の存在を初めて感じた場所へと直感的に訪れたかったのです。

しかし、祇園(シオン)祭の最終日(17日)に松尾大社において突如“蛇”に出くわしたことがきっかけで、様々な必然の流れが生まれ、最終的に淡路島の洲本市で待っていたのは、古代イスラエル10支族の意思を引き継ぎ、この地で彼らが残した磐座や遺跡を守っている方でした。

そして、この洲本市では、日本の開闢に合わせて知ってか知らずか、偶然にも7月15日から“葦舟”が作られ、今も残る古代イスラエル人の磐座の山の麓に祀られていました。

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※自然のピラミッド山である紫苑之山へ

そして、19日の朝より、古代イスラエル人が最初に祀った磐座のある最大の聖地“紫苑之山(シオンの山)”へと案内をされました。

初めて紫苑之山を見た時、思わず「キレイなピラミッドですね・・・」と声を漏らしてしまいましたが、それほど遠くからみると、本当に自然に生み出されたとは思えないほど、美しい形をしている山でした。

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※龍の鱗のような巨石群

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※山頂はまるで龍の背中

山頂には、まるで“龍の鱗”のような不思議な柄をした石が立ち並び、山頂全体を見渡すと、まるで龍の背中の上に乗っているような気持ちになりました。

そして、そこには3つの磐座がありました。

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※古代イスラエル人が開いた“天地之元宮百合之宮(ゆらのみや)”

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※縄文人が開いた“天地之元宮布留辺之宮(ふるべのみや)

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※出口王仁三郎の意思を受け継ぎ近代に開かれた“天地之元宮桃之宮(もものみや)”

詳細はお伝えしませんが、近年において、この地で驚くべき必然のご神事や奇跡的な出来事が次々に起こり、ここから飛び出したダビデ紋のご神体石が、龍体である日本列島の北海道から沖縄までの紫苑之山を含む7つの地域(チャクラ)へと奉納されました。

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タイムリミットであった2012年の12月21日までに、神懸かり的なタイミングで各地へと奉納されたダビデ紋のご神体石ですが、ギリギリ最終日に納められた最後の場所が富士山麓であったようです。

これにて鳴門と富士の仕組みは完成、神一厘の仕組みは整いました。

この時期、このタイミングに富士山(△)より淡路島(▽)へと派遣された私は、その最後の確認をしにいったようなものですが、ムーとアトランティス、日本とユダヤを中心としたすべての統合・融合が完了したことをはっきりと実感することができました。

天の岩戸が開き、いよいよ日本、そして世界の大洗濯、立て替えが始まると思います。

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※洲本市にある古代イスラエル人の遺跡。遺跡の先は海に続いている。

紫苑之山を後にしたあと、日本にやってくる前に葦舟とともに亡くなってしまった古代イスラエル人の同志を鎮魂する古代遺跡へと行きました。

現在、その遺跡はあるホテルの敷地内の一画に残されているのですが、この地を訪れて鳥肌が立ちました。

驚くべきことに、このホテルは何も知らなかった頃の7年前に初めて淡路島へ訪れた際に使ったホテルだったのです。

淡路島全体だって広く、それに洲本市内だけでも数多くのホテルがあるのに、7年前に偶然にも、この地、このホテルを選び、遺跡の目の前にまで来ていたのです。

もちろん世の中に偶然などではなく、遺跡が呼んでいたのであり、そして、ここに来て初めて淡路島で“神”を感じた理由も分かったような気がしました。

そんなこともあり、山頂の磐座でも色々あって胸が熱くなって思わず涙を流してしまったのですが、遺跡の前でも、ご神事中に胸の高鳴りを抑えきれませんでした。

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※7月20日には太陽に日輪が出現

7月20日、この重要な期間の最終日でしたが、空を見上げると太陽に“虹色”の輪である「日輪」がかかっていました。

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※「白日(しらひ)」という名の曼荼羅

そして、紫苑之山へ参拝していた19日に、以前から知人にお願いしていた手書きの曼荼羅アートがベストのタイミングで出来上がり、日輪の出た20日に手元へと届きました。

この曼荼羅は、私の名前からのインスピレーションで降りてきたものであり、そのタイトルは「白日(しらひ)」といいます。

“白日(はくじつ)のもとにさらされる”という言葉があるように、これから先は嘘や偽りが通用しない本物の世の中になることを象徴しているのかもしれませんが、偶然にも日輪と同じ様に“虹色”の輪が周囲を囲む絵柄が描かれており、中央にはブログのサブタイトルのキーシンボルである「+」も描かれていました。

とにかく立て替えには、色々とありそうですが、終わったらようやく“天下泰平の世”が始まりそうですね。そんな予感を感じさせる日となりました。

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ついでにお伝えしておくと、実は7月15日は栃木県の大麻畑の収穫に来ていました。六芒星、ダビデの星は、日本においては「麻の紋様」のことを指しますが、7月15日からすでに六芒星の流れは始まっていたのです。

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そして、昨日23日の満月は八ヶ岳南麓にて最後のご神事をしました。ここでは、大麻で作られた六芒星のドリームキャッチャーを背中に身につけ、20万年前は富士山より高かった八ヶ岳が噴火した際に飛んで来た巨石の磐座の前に立ちました。

ということで、2012年12月21日にゲートが開かれ、2013年7月26日より銀河紀元元年が始まります。明日は大晦日ですので、是非とも新時代の幕開けの記念すべき瞬間を少しだけ意識してお過ごしくださいませ。