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ショート論評 「鼻血」問題に見る日本人の魂の喪失(武田邦彦)
あるマンガに福島の被曝地帯で鼻血が多かったという内容があり、これに対して、こともあろうに大臣が「不快だ」と言い、地元が「差別」と言って、漫画の作者を非難した。まさに現代の社会「悪者が良い人をバッシングする」という典型例である。

まず第一に、軽度の被曝によって鼻血がでたのは事実であり、小学校でも記録されている。原発事故直後、子供も大人も鼻血で悩まされた。50歳の男性が今まで人生で一度も鼻血を出さなかったのが、大量の鼻血が突然出たのでびっくりした人など、枚挙にいとまがない。

これは、重度の被曝で骨髄に損傷を受けて出血するのとは原因も現象も違う。それなのに、御用学者は事実を認めずに、インチキを言ってごまかそうとしている(専門家は軽度の被曝の鼻血と、重度の被曝の鼻血の差を知っているのに、知らないような説明をしている)。

第二に、漫画に登場した「鼻血がでた」と言っている前町長は、「実際、鼻血が出る人の話を多く聞いている。私自身、毎日鼻血が出て、特に朝がひどい。発言の撤回はありえない」と言っている。またさらに石原伸晃環境相がマンガに不快感を示したことについて「なぜあの大臣が私の体についてうんぬんできるのか」と厳しい。

それよりも何よりも、福島原発事故が起こり、汚染状態も時々刻々と変化しているはずだし、森林の状態がどうなっているかも気がかりだ。田畑の汚染、セシウムの沈下速度、ストロンチウムの存在、セシウムの再飛散など、私たちが子供や自分自身の健康を守るためにどうしても必要なデータである。

さらに農作物、加工品、魚貝類、乳製品などの汚染や、海で潮干狩りをしたり、海水浴をしたりする危険性、はるか遠くの海やハワイなどをどのぐらい汚染したか、どれをとっても大切なことだ。

私は事故直後から、起こってしまったことは仕方がないが、原子力関係者は深く反省して、国民が必要なデータを力を合わせて発表していきたいと呼びかけたが、むしろ今回の鼻血のように、「隠す方向」=「野蛮な社会」へと進んでいる。税金で研究している国立環境研究所などはいったい何をしているのか?

もし、隠さなければならないほど原発や被曝が怖いなら、原発の再開などありうるはずもない。「風評」の専門家は「風評が起きるのはデータ不足から」と言っているが、風評を作り出しているのは、政府、環境省、自治体、そしてマスコミであり、国民は情報が提供されれば正しく冷静に判断するだろう。

今回の鼻血の件も「悪人が善人をバッシングする」と言う現代日本の悪弊が表面化した一つの例になった。今、甲状腺がんは100倍とされ、思春期の子供の急性白血病が増加していること、二本松市の死亡者数が20%以上も増大していることなど、日本人として関心を持たざるを得ないことが起こっている。

私たちは何のために政府を雇い、国立研究機関にお金を出しているのか。データを出す必要がないというなら、なぜないのかについて誠意をもって説明してもらいたい。 平成26年5月10日(転載終了)

 さて、前回の「美味しんぼ騒動」の続きとなりますが、漫画「美味しんぼ」の福島原発や放射能被害の真実の描写を巡る問題も日に日に活発化しており、一方的に「風評被害」とバッシングする政府や自治体も増えてくれば、反対に作者を擁護する人々も増えてきており、その中で原発事故以来、一貫して放射能の危機を提唱してきた中部大学の武田邦彦教授も、ついに思いきって「“美味しんぼ”否定側」に対する意見を物申しました。

「悪人が善人をバッシングする」という強烈な否定文句にて、もはや法治国家から痴呆国家へと豹変して真実を隠そうとする政府や自治体、マスコミを非難し、また鼻血に関する御用学者の見解に対しても「これは、重度の被曝で骨髄に損傷を受けて出血するのとは原因も現象も違う。それなのに、御用学者は事実を認めずに、インチキを言ってごまかそうとしている(専門家は軽度の被曝の鼻血と、重度の被曝の鼻血の差を知っているのに、知らないような説明をしている)。」と堂々とツッコミを入れています。

一体、3年以上も経過して様々な真実が浮き彫りになってきたこのご時世において、そんな呑気な発言をする御用学者などまだいるのかと思えば、バッチリとニュースにも登場している御用学者がいました。

それが、京都医療科学大学の遠藤啓吾学長という方であります。

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「科学的にありえない」美味しんぼ鼻血描写で遠藤啓吾・京都医療科学大学長(産経ニュース)
京都医療科学大学の遠藤啓吾学長(68)=放射線医学=の話
「低線量被曝が原因で鼻血が出ることは、科学的にはありえない。大量被曝した場合は血小板が減少するため、血が止まりにくく、鼻血が出やすくなるが、血小板が減るのは(がんの死亡リスク上昇が確認されている100ミリシーベルトの10倍にあたる)1千ミリシーベルト以上の被曝をした場合であり、それ以下の被曝では影響がない。住民も福島第1原発で働く作業員も、事故で1千ミリシーベルトを超える被曝をした人はいない。住民の被曝線量は大半が10ミリシーベルト以下。原発作業員の中に、白血球や血小板の数値に異常がある人がいるとは聞いていない。もし低線量被曝の影響で鼻血が出るのだとしたら、一般の人々より被曝線量の高い放射線技師や宇宙飛行士は鼻血が止まらないことになる。福島の人たちは過剰な不安を抱くことなく、安心して生活してほしい」

この大学長、というかどこぞのおじさんの話によると、どうやら放射能によって鼻血が出るのは1000ミリシーベルト以上を被ばくした場合であり、現在のような低線量被ばくでは、科学的に鼻血が出ることはありえないそうです。

武田教授によれば、これは骨髄損傷などの重度の被ばく症状による鼻血であり、軽度の被ばく症状の鼻血とは根本的に違うものであると言っています。

果たしてどちらが正しいのか?については、いつもながら専門家でないのでわかりませんが、この遠藤啓吾さんという方は、せめて自然放射能と人工放射能の違いをしっかりと把握し、かつ内部被ばくのことも含めて1000ミリシーベルトと言っているのでしょうか…?

この辺が明確でない状況で「福島の人たちは過剰な不安を抱くことなく、安心して生活してほしい」と安易に言いきるのは、ある意味勇気のいることだと思います。

そして、何度も繰り返しになりますが、いまだに原発事故は収束はしておらず、今も放射能は垂れ流し状態です。この状態のままで安全か危険かの議論をすること事態がおかしな状況であり、まずは100%放射能がこれ以上も拡散されないことが保証された状態で「安心」という言葉は使って欲しいものだと思います。

ところで、自然放射能と人工放射能に違いはなく、どちらも低放射線量であれば健康に害であるどころか、むしろ健康に良いと確信を持って仰る人々もいますが、それであれば原発こそ人類を救う究極の健康ランドであり、今のように完全に覆って放射能が漏れないような設計にするのではなく、少しくらい放射能を漏らして周囲や日本全国にまき散らす仕組みの方が、発電もしながら国民も健康になるという最高の健康発電所になると思うのですが……。

それはさておき、この「美味しんぼ騒動」の渦中にいる作者の雁屋哲さんは、自身のブログにて以下のようなメッセージを打ち出しています。

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反論は、最後の回まで,お待ち下さい(2014-05-04)
「美味しんぼ 福島の真実篇」、その22で、鼻血について書いたところ、色々なところで取り上げられてスピリッツ編集部に寄れば、「大騒ぎになっている」そうである。

私は鼻血について書く時に、当然ある程度の反発は折り込み済みだったが、ここまで騒ぎになるとは思わなかった。

で、ここで、私は批判している人たちに反論するべきなのだが、「美味しんぼ」福島篇は、まだ、その23,その24と続く。

その23、特にその24ではもっとはっきりとしたことを言っているので、鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない。

今まで私に好意的だった人も、背を向けるかも知れない。

私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。

真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。

「福島は安全」「福島は大丈夫」「福島の復興は前進している」

などと書けばみんな喜んだのかも知れない。

今度の「美味しんぼ」の副題は「福島の真実」である。

私は真実しか書けない。

自己欺瞞は私の一番嫌う物である。

きれい事、耳にあたりの良い言葉を読み、聞きたければ、他のメディアでいくらでも流されている。

今の日本の社会は「自分たちに不都合な真実を嫌い」「心地の良い嘘を求める」空気に包まれている。

「美味しんぼ」が気にいらなければ、そのような「心地の良い」話を読むことをおすすめする。

本格的な反論は、その24が、発行されてからにする。 

雁屋 哲(転載終了)

個人的にも大好きな漫画の1つであり、さすが「美味しんぼ」の作者だけあって腹がすわっており、このメッセージだけでも、立場上から口だけで批判している大臣達とはえらい違いで、どちらが真実を言っているかは明らかであります。

今後も「悪人が善人をバッシングする」という圧力は増してくるでしょうが、この人なら自分の信念を曲げずに、このまま行くところまで突き進むでしょう。ただ、出版社側はどうなるかわかりませんが…。

自分自身も、政府が公式に発表する前の原発事故直後に「メルトダウン」などを声に出していたら、政府や警察から速攻で圧力が入ったので、とても影響度も状況も同じとはいえずとも、こういった境遇の方は何だか応援したくなります。

とはいえ、今回も色々な“おじさん達”が登場していますが、どのおじさんを信頼するのかは人それぞれであり、どの人にも興味がなければ、それはそれで良いのだと思います。争いばかりする、おじさんの時代もそろそろ終わりかもしれませんしね。

いずれにしても19日に発売される「週刊ビッグコミックスピリッツ」が楽しみです。