47

肉体は滅びても、魂や意識というのは永遠であり、もし、この世の中に「輪廻転生」という“生まれ変わり”の仕組みが確実にあるとすれば、いわゆる前世や過去世の“わたし”もあり、また来世という未来における「わたし」も存在することになります。

本来、すべての“記憶”さえ残っていれば、肉体の死は単なる“休憩”であり、この“わたし”という存在の人生のタイムラインは途切れることなく、この魂が地球にやって来た頃から、はたまた、この魂が地球にやって来る前からもずっと続いていることになります。

「袖触れ合うも他生の縁(そでふれあうもたしょうのえん)」

これは袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁によって起こるものであるという仏教的な意味の考え方ですが、この70億人以上もいる地球上の人類の中で、今生のこのタイミングで顔を見るだけでも奇跡的な確率であり、たった一言でも簡単な挨拶、会話をする相手となれば、これはよほどのご縁がある方となります。

一説には、今生で出逢う方の9割以上は過去世においても出逢ったことのある人達のようで、今生における会った回数、一緒にいる時間は距離の近さなどは関係なしに、これまでの人生で1度でも出逢った人々というのは、そのほとんどが永遠に近い魂のタイムラインの中では過去に何度も顔を会わせた人であり、魂同士ではすでに顔見知りの知人であるのかもしれません。

それにも関わらず、知人になる、友達になる、または家族になるほどの相手ともなれば、これは完全に太古の昔から約束したソウルメイトであり、結果的に今生における関係性がどうなろうとも、お互いの魂の成長のためには、今回の人生において側にいることが必須であった大切なパートナーであります。

ついつい、日常の忙しさに忙殺されて、普段何気なく起こっている人との出逢い、普段当たり前にいる人の存在を、これが奇跡のような必然的な巡り合わせであることを忘れてしまいがちであります。

時には「なんでこんな嫌な人と一緒に仕事をしなければ…」とか「なんでこんな両親のもとに生まれてきたのか…」とか、思わず不平不満を言いたくなるような苦手に思う相手も周囲には少なからずいるかもしれませんが、良くも悪くも大きく感情を動かされる相手というのは、この過去世のご縁の中でも、特に深い付き合いのあった相手である可能性が高く、切っても切れない魂の腐れ縁の人になります。

でも、過去があって今があり、今があって未来があるように、今生において嫌な思いをさせる相手は、過去に自分が相手に嫌な思いをさせていたこともあり、反対に自分自身にとても良くしてくれる相手は、過去に自分自身が相手に良くしていたこともありえます。

これが「輪廻転生」と同様に、人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという「因果応報」の仕組みでありますが、これを単なる過去と現在にだけ結びつけ、起こる不幸な出来事を過去のせいにだけしては元も子もなく、大切なのは、起こる出来事に対する今の自分自身の捉え方であり、それがどんな出来事であっても自然な形で無理なく前向きに包み込めれば、来世に持ち越すこともなく、過去世の自分も癒され、また今生と来世の自分がより輝くものとなると思います。

それにしても、最近は自分自身にとっても、また周囲を見渡してみても、初対面の出逢いにも関わらず「初めまして」の挨拶に違和感があって、心のどこかで「(お久しぶりです)」とお互いが無意識に会話している人々が増えている気がします。

出逢う人々の9割以上が過去世でご縁のあった方であれば、確かにそれは間違ってはいない反応なのですが、特にこの1年〜2年ほどの出逢いにおいては、今までにないほど「(お久しぶりです)」と感じる人の数、また感覚の強さも増しており、人によっては、一緒にいると今がいつの時代の誰でいるのかも分からなくなり、まるでタイムスリップしたような感覚になる人もいます。

この「魂の再会」の時代背景は人それぞれだと思いますが、今の時期は、その人の今生において、特に影響を及ぼしている過去生でご縁のあった人達との出逢い、再会が急加速しているように思えます。

それだけ「約束した人々」との「約束の時期」が差し迫っているのだと思います。

ただ、過去世の繋がりも大切ですが、大切のは今生であり、そして今をより良く生きることが来世にも繋がります。

地球に限らず、また生まれ変わってどこかに戻って来ることを確信していれば、人に対して簡単に意地悪も出来ませんし、誰も見ていないからといって悪いことをしたり、余計な業を積むよりは、徳を積んで一日一善以上過ごしていく方が、単純に死んだ後に三途の川を渡りやすくするだけでなく、来世を少しでも楽にというか、楽しく生きることができる秘訣みたいなものだと思います。

個人的には、過去のカルマの解消とか償いという思いを主軸に生きるよりは、なるべく来世に面倒な思いをしたくないという気持ちで今を生きている傾向があって、特に地球再生や人類繁栄を切実に思っているのは、未来の子ども達、未来の人々に明るい世界を残したいという想いがあるのも嘘ではありませんが、同時に未来人の中には自分も含まれていて、再び自分が舞い戻って来た時に楽しい地球である方が嬉しいからであります。

いずれにしても、三次元的な唯物論の価値観にまみれ、今だけ自分だけのエゴの世界に生きるよりは、あなたもわたし、わたしもあなたのワンネスの世界、そして魂は永遠であるタイムラインに意識を合わせて今を生きる方が、きっと今生ももっと周囲の人々と楽に、そして楽しく生きていけるポイントだと思います。