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皆神山
皆神山(みなかみやま)は、長野県長野市松代、標高659メートルの溶岩ドームである。麓の平地からの比高は280メートルほど。
30 - 35万年前の安山岩質の溶岩ドーム。安山岩は粘性の高い溶岩であったため、火山灰の噴出や溶岩流の流下は起こらなかった。
1965年から1971年にかけての松代群発地震が皆神山の直下で起り、この地震活動に伴い約1m隆起している。この地震は地下水脈の影響による岩盤の破壊と見られる。松代群発地震に伴い1967年に付近の重力分布調査が行われ、皆神山付近には低重力域があり地下には、短径800m、長径1500m、深度200ないし400mの楕円形陥没構造の存在が推定される。ボーリング調査により、皆神山溶岩は150m程度の厚さがあることが確認されており、その下に湖水堆積物が見つかっている。また、山頂部には河床礫が見られる。
第二次世界大戦末期には日本の戦況が悪くなり松代が大本営・政府・皇室を含む首都移転の予定地となり、皆神山と周辺の山には多数の地下壕が掘られた。
その周囲の山並みと異なる溶岩ドームの山容から、人工物と思い込む者が現われ、「太古に作られた世界最大のピラミッド」という説が起こり、一部信仰の対象になっている。毎年5月5日には、地元自治会により『ピラミット祭り』が開催される。
中腹には岩戸神社、山頂には熊野出速雄神社(皆神神社)およびゴルフ場がある(山頂までは車で登ることができる)。また、全国的にも珍しい標高の低い土地でのクロサンショウウオの産卵池がある。(転載終了)

日本最古のピラミッドとも呼ばれる長野県長野市松城町にある皆神山(みなかみやま)をご存知でしょうか?

古くから聖地巡礼などをしている人からすれば、皆神山と聞いて「あぁ、あそこね」と実際に行ったことやどこかで耳に挟んだことがあるかもしれませんが、一般的にはあまり知られていない山かもしれません。

ここは「皆が神の山」という名称もさることながら、見た目も本当に“人工物”としか思えないような周囲の山々とは一風変わった違和感のある異質な形状をしており、また、この山にまつわる不思議な逸話は古代から現代に至るまで数多く存在していて、日本のパワースポットや聖地の中でも特に謎多き場所の1つとして知られています。

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皆神山の謎をあげたらきりがないのですが、その謎の中でも有名なのが、今からちょうど50年前に起こった「松代群発地震」であり、皆神山付近を震源地とした深さ7kmほどの浅い地震が連日異常な数ほど発生し、その期間はなんと5年間、総地震数は71万1341回にもおよんだようで、近隣の住民の中にはノイローゼになる人も続出したようです。

地震の原因については、様々な説が唱えられたものの、結局のところ現代の地震研究では「原因不明」という結果となり、過去から様々ないわれのある聖山だけに、その神秘性や謎がより一段と深まる出来事だったと思います。

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また皆神山というより、この松代という場所を有名にしたのは、第二次世界大戦の時であり、冒頭の説明にもあるように、日本の戦況が悪くなって、この長野県の松代が大本営・政府・皇室を含む首都移転の予定地となり、実際に皆神山と周辺の山には多数の地下壕が掘られていました。

大本営(だいほんえい)とは、戦時中に設置された日本軍の最高統帥機関のことです。

軍や政治の中枢を松代に移すだけでなく、さらには皇室の中枢や三種の神器の隠し場所は皆神山の地下を予定されていたようなので、日本全国の中でも、この松代、および皆神山というのは、かなり特別な場所として位置づけられていたことになります。

表向きは、内陸部である地理的な要素や地盤の固さなどが移転の理由でしたが、それだけであれば全国的にももっと適正な場所はあり、当時の日本を動かしていた人々、皇室関係は、古来からの伝承や秘伝書によって皆神山周辺の謎を色々と知っていたものと推測されています。

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※山腹にある岩戸神社

そんな不思議な聖地である皆神山を訪れたのは、4月7日のこと。後に世界各国の大使館をまわる予定の「御光の降りた伊勢神宮の写真」が、なぜか世界の大使館をめぐる前に我が手元にやってきて、それを持って「4月11日までに皆神山へ登れ」というミッションが下ったので、意味もわからずに登頂してきた次第です。

とはいえ、皆神山は頂上まで車で行けるので、そういった意味では登山付きの苦しいご神事ではなく、松代まで辿り着けば誰だって山頂まで行けるのですが、そう気楽に思ったのも運の尽き、ここは中途半端に訪れると痛い目にあいます。

後から知ったことですが、どうやら皆神山には6重もの結界が至るところにはられており、また通常の結界は空間にあるものが、ここはご丁寧に地面にまで結界が張り巡らされているようで、そんな危険な地雷があるところとはつゆ知らず、ずかずかと山の各地を巡っていたので、この日から2日間は寝込むことになりました。

普通の人であれば問題ないですが、少し敏感な人や体力の弱っている時だと、ボロボロにやられますので、くれぐれもご注意くださいませ。

でも、特別なご神事などで訪れる場合以外は、あまり気軽には近寄らない方が良いかもしれません。かなり特殊な磁場が形成されている場所だと思います。

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さて、山腹の岩戸神社を参拝し、その後に頂上まで登りつめて駐車場に車を停めると、山頂には「皆神神社」があります。

ここは正式には「熊野出速雄神社(くまのいずはやおじんじゃ)」という名称になっています。

熊野出速雄神社
【御祭神】
出速雄命(いずはやおのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
豫母都事解男命(よもつことさかのおのみこと)
脇座に舒明天皇(じょめいてんのう)・古人大兄皇子(ふるひとおおえのおうじ)

【御由緒】
奈良時代養老2年(718)出速雄神社を奉祀と伝えられる。
中世以降修験道が盛んとなり、熊野権現を勧請、大日如来・阿弥陀如来・弥勒菩薩の三仏を各峰に安置し熊野三社大権現と称した。
境内社の侍従神社に鎮まる侍従大神(じじゅうおおかみ)は、佐久の内山城主内山美濃守満久の三男下野守三郎満顕であり、13歳にして鞍馬山に入り密教を厳修、その後各霊山を巡り、内山氏滅亡のとき皆神山に入山、大日寺和合院宥賢と称した。後に侍従天狗坊と名乗り、皆神山の修験を完成させた。
弘治2年(1556)7月14日入定、在りし御影を木像に写して侍従坊大天狗明王と祀った。正親町天皇永禄・元亀の間(約440年前)と伝わる。
北は戸隠、南は皆神山と修験道で長い間栄え、先達和合院は皆神山八合目からうえを領し、聖護院(京都・本山派山伏の本山)より川中島四郡(埴科・更科・水内・高井)の年行事職を命ぜられ、更にはほぼ信濃全域の本山派山伏の支配権を得ていた。
明治初期の神仏分離令・廃藩置県により山伏は全部が還俗、一切を上知し和合院も廃するにいたり、出速雄命と熊野の神を熊野出速雄神社、侍従坊は侍従大神と奉斎した。

【御神徳・御社殿】
主祭神である出速雄命は、当地方開拓の祖神として天下の泰平と五穀豊穣をもたらす神として崇敬される。現在の御社殿は慶応元年(1389)の再建と伝えられ旧埴科郡中最古の建造物といわれる。撞木造とする古い修験道の建築に認められる特徴が残っている。
侍従大神は「児育て・寿命・火防の神」として信仰され、この地方では子供を侍従坊の弟子にすれば無病息災に育つといわれ、子供が生まれれば一度は参拝している。また、相殿には食物をつかさどり養蚕を守護する女神大宜都比売命(おおげつひめのみこと)を配祀する。御社殿は、江戸時代後期の天保14年(1843)起工、弘化3年(1846)に竣工した。

【神社名】
今から約1300年前に御神明を奉祀、祈りと信仰の山として、霊験あらたかなりといわれる皆神山に鎮座する熊野出速雄神社は、「皆神神社」と尊称され、広く崇敬されている。

神社の由緒書きを見ていて、思わず「天下(の)泰平」の言葉に勝手にドキッとしましたが、どうやら主祭神の出速雄命というのが、世の中を安泰をもたらす神として知られているようです。

ちなみに熊野地方などの神社では、この「速」という文字のつく神は、ニギハヤヒと関係しているとも云われており、もしかすると出速雄命という神もニギハヤヒや出雲を祀った神であるかもしれませんが、その詳細は後ほど…。

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また、気になるのは神社の入り口の両サイドに祀られている2組の木像ですが、両方とも土台となっている場所が「十字(クロス)の紋章」が入っています。

ここも「イエス・キリストと関係する場所なのかな?」と思っていましたら、どうやら過去にイエスが日本に来た時に、ここで修行をしていたという逸話もあるそうです。

とはいえ、入り口や本殿までは、あくまでも普通の神社でありますが、そこから先が皆神山にある神社の本領発揮であり、通常の神社では考えられない紋章や言葉のオンパレードとなります。

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その代表的な存在が、境内の中にある小さな社の「天地カゴメ之宮」。皆神山に続く「天(△)地(▽)カゴメ🔯」という名称もさることながら、ここの神紋が「16菊花紋の中に六芒星」であり、まさにヤマトとユダヤが融合しているようなシンボルとなっています。

驚くべきことに、実はこの紋章が入ったバッジを過去に、とある秘密結社関係より贈呈されたことあって手元に持っているのです(とはいえ、自分は秘密結社の人間ではありませんので悪しからず…)が、まさかこんなところ(?)でシンクロするとは。

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また、このお宮の横には石碑が立っており、そこに「天地カゴメ之宮」の建立された由来が記されている内容がまた驚きです。

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天地カゴメ之宮建立由来
昭和49年1月23日、旧暦1月元旦、国常立大神お立ち上がりの神示あり。
諏訪大神より、2月5日節分から信州神業に発てと神示を受け、2月6日大雪の聖山神社へと向かう。
「皆神山へ行け。元の元の大元の大神様のお立ち上りと成りた。コトの大事の秘められし、その頂上なる神の御出現じゃ。」と神示あり、ついで戸隠中社に於いて「この信洲、神の洲と書いて、神洲と読むことを知っているか、皆神山へ参れよ。」と神示を受けて、翌2月7日積雪の皆神山に初登山をする。
皆神神社神前にて午前10時入神状態となる。大勢の神々参集されたなか、神業は新しい大神様地上神界天降りを出産の型で示され、戴冠式の形となり全ての神儀終了は正午、この皆神山は古代より地球上において、神界で選ばれた唯一の聖地であり、宮も又同じなり。
天地カゴメ之宮は、上に元津御祖大神、また、ヒマラヤから国常立大神の元津神霊を宮の御大将と迎え、日之出大神はじめ天地八百万の神々、龍神眷属、モーゼ、キリスト、ギリシャ神話の神々に至るまで参集され、現在は伊都能売神業にあり、此度神々より皆神山守護のため宮の建立を許され、ここに謹んでお受け致した次第を印す。

平成元年十月十日
天地カゴメの宮斉仕 神宮一二三

とても神社の石碑に書かれている内容とは思えない登場人物のオンパレードであり、これを記した神官一二三(じんぐうひふみ)という人物は一体何者なんでしょうか。

フリーメーソン、大本教関係者など、様々な噂がありますが、詳しいことは良くわかりません。

とはいえ、ここに「日ユ同祖論」が深く関わっていることは間違いないと思いますが、前日の守屋山のイスラエル国旗、エルサレム市章に続き、連日のように日本とユダヤが関わってくるので、もうそろそろお腹いっぱいです。

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地質学上 世界の中心山脈の 十字形せる 珍の神山
 天霊の 聖地に 些しも 違はざる 尊き神山 皆神の山

出口王仁三郎

境内を奥に進むと、今度は出口仁三郎さんが伝え残した歌碑があります。日ユ同祖論に続き、どこに行っても必ずご一緒になる出口仁三郎さん。一体、なぜ彼が皆神山を世界の中心の聖地として考えたのでしょうか。

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さらに境内を奥へと行くと、ここには何故か「冨士浅間神社」があります。

もう、出だしからニギハヤヒやらイエス・キリスト、日ユ同祖論に出口仁三郎など、あれもこれもゴチャゴチャであるにも関わらず、ここに来て富士山が絡んでくるとは…。

最後の極めつけは、神社の駐車場に何気なく立てられている看板。この内容は一気に次元を飛び越えて、皆神山の謎のステージが変わります。

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世界最大最古の皆神山ピラミッド
◎皆神山の造山方法はエジプトのピラミッドのように人の労力ではなく初歩的な重力制御技法(部分的干渉波動抑圧)により、当時長野盆地が遊水湖沼(最古のウルム氷期の終末期で東、南信の氷解水よる)となっており、その岸のゴロタ石等堆積土砂石を浮遊させ、空間移動させるというダイナミックな方法でした。(従って現在でも皆神山塊だけが非常に軽く負の重力異常となっております)

◎この皆神山の盛土的山塊が自重により不均衡凝縮 = ねじれ摩擦現象 =起電 = 電流発生 といったダイナモ機能山塊となり、電磁波が生じ磁力と重力制御(反動)により物体(電磁反発飛翔体)が離着陸するようになったのです。古文書に出てくる【天の羅魔舟(アマノカガミブネ)】等がこの飛翔体です。

謎の皆神山ピラミッド物語
◎皆神山は、古い古墳時代や弥生時代、更に遡って縄文時代やエジプト、インダス、黄河、シュメール各文明より、ずっと古い今から約2~3万年前の超太古ともいうべき遠い旧石器の時代に造られました。
(人工造山 = ピラミッド、ピラミッドはギリシャの語源の三角形のパンの意)

◎この皆神山を造った人間は、古事記に出てくる須佐之男命(すさのおのみこと)(自然主義的な科学技術者の集団の呼称)で現代科学とは全く異質ではるかに高い知的能力を持った人類でした。 (旧人ネアンデルタール系)

◎では、何のために造ったかというと、墳墓ではなく地球上の各地や、宇宙空間への航空基地として造られたのです。

皆神山のピラミッドの祭神は知力、体力の神
◎超太古の宇宙基地である皆神山の祭神は従って高度の知的能力集団で、みんな宇宙航行や宇宙基地に関する次の四神です。

○熊野出速雄命(くまのいずはやおのみこと)
 宇宙船<天の羅魔船>等の航行の技術、管理を引き継いだ最後の集団で、
 北信地方の開拓祖神
○少名昆古那神(すくなひこなのかみ)
 宇宙船で皆神山航行基地を離着した大国主命(おおくにぬしのみこと)の参謀集団
○泉津事解男神(よもつことさかおのかみ)
 皆神山航行基地をはじめ・・・全宇宙を管理した集団
○速玉男神(はやたまおのかみ)
 地球周回軌道の人工衛星<宇宙航行の中継基地>の技術者集団

◎このように皆神山は神々が活躍した基地であり、宇宙船で現われたり、姿を消したりしたので、自然に人たちは神聖な山 = 高天が原(たかまがはら)として、崇め、後世に伝えたものです。
 
いかがでしょうか?皆神山は、数万年前の古代人スサノオのテクノロジーによって、反重力装置によって石が組み上げられた人工ピラミッドであり、また円盤と思われる飛行物体の発着場であったことも示唆しています。

個人的には、宇宙船「天の羅魔船」の航行の技術を持った主祭神である熊野出速雄命が気になる存在であり、この「天の羅魔船」は、まさに「天磐船」で天より降りた「饒速日命(ニギハヤヒ)」と重なる点であります。

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やはり、この皆神山はニギハヤヒとも密接に関わっている場所だと思いますが、実は皆神山に祀られている神は「諏訪大神」という縄文時代の神であり、これは「男神アマテル」とも云われています。

【皆神山の謎 第四部 一厘の仕組篇 第十四章 皆神山の謎】

“アマテル”とは「天照」であり、これは太陽神を表しますが、通常日本の太陽神といえば、天照大神(あまてらすおおみかみ)が有名です。

しかし、古代文献に残るニギハヤヒの正式な名称は「天照国照彦天火明奇玉神饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)」であり、男神であるアマテラス(アマテル)としても最近になって知られています。

「なぜ、皆神山がアマテルと関係あるのか?」という点においては、それは人工的に作られたであろう皆神山が、日本列島においても、非常に意味深い特殊な位置に意図的に配置されているからです。

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「日本三霊山」と呼ばれる富士山と白山と立山ですが、このうちの富士山と白山、そして皆神山を直線で結ぶとキレイな二等辺三角形となります。

この頂点である皆神山から垂直に直線を伸ばすと、その南の先には伊勢の「伊雑宮(いざわのみや)」であり、反対の北端は秋田県の「唐松神社」へと繋がります。

伊勢の伊雑宮は、ここのみが日本で唯一本当の「女性神アマテラス」が祀られている場所(他は内宮の大物主)であり、また、それは「セオリツヒメ」であると云われています。

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※ニギハヤヒの肖像画

秋田の唐松神社は、過去に何度も取り上げた場所であり、ここは物部族の直系である物部宮司が今もいて、祖先をニギハヤヒとし、また日本で唯一である物部文書とニギハヤヒの肖像画が出て来た神社です。

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※唐松神社の天日宮

唐松神社には「天日宮」という名のお宮がありますが、これは“アマテル”そのものでもあります。

歴史から姿を消した、ヤマトの地の初代統一王であったニギハヤヒ。

イエス・キリスト(イサヤ)と同じ御霊を持ち、その妻はセオリツヒメであり、セオリツヒメはマグダラのマリア(ナザレ)と同じ御霊であると云われています。

皆神山は、まさにセオリツヒメとニギハヤヒが統合された中心地に存在しているように思えます。また、なぜここにイエス(イサヤ)がやって来たのかも理解出来るように思えます。

そして、三種の神器をはじめ、日本の皇室がこの場所に移されようと計画された理由も何となく見えてきましたが、実際には人間では計り知れないほど、もっと奥が深い秘密が色々と皆神山には隠されていると思います。

とりあえず、伊勢神宮の写真を皆神山の頂上に持っていくという謎のミッションはコンプリートしましたが、皆神山は思わぬ展開で自分の中で色々と繋がって来る不思議な場所でした。

縄文回帰となった今、日ユ統合に加えて失われた縄文の神々、真実の歴史が復活する時であり、本当のヤマトの国が始まろうとしています。