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人類を滅亡から救うのは“イエスの血を引く”日本人!? 謎多き「死海文書」に秘められた戦慄の預言とは?(TOCANA)
 2015年7月20日、「羊皮紙の巻物に6世紀ごろ記されたとみられる古代ヘブライ語を解読した」と、イスラエルと米国の国際研究チームが発表した。この巻物は1970年、死海沿岸のエンゲディにある古代ユダヤ教礼拝所跡から、黒焦げの状態で掘り出された物だ。これまで解読不能だったが、45年の時を経て最新技術によってついにその内容が明らかになったのだ。そして、そこに書かれていたのが旧約聖書の一部であったため、「『死海文書』以来、最も重要な聖書文書の発見である」として大きな話題となった。

 さて、このニュースでも触れられている「死海文書」とは、今から70年近く前に発見された文書である。そこには、旧約聖書の最も古い写本が含まれていたため「20世紀最大の考古学的発見」と言われている。しかし、発見から半世紀以上を経た現在でも、未だにその全容は解明されていない。今回は、この謎多き「死海文書」について説明していこう。


■「死海文書」とは?

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 イスラエルとヨルダンの国境に「死海」という湖がある。この湖は、塩分濃度が高く生物が生存することがほぼ不可能と言われているため死海と名づけられたという。1947年、死海近くのクムラン洞窟の中で、若き羊飼いの青年が群れからはぐれた仔ヤギを探している最中、偶然にも古書を発見。以降、周辺の洞窟から次々と約850巻もの古書が見つかった。そしてこれらの書物は、発見場所にちなんで「死海文書」と呼ばれることになる。

 死海文書の多くは、羊皮紙やパピルスなどに、ヘブライ語・アラム語・ギリシャ語が記されたものだった。内容は、旧約聖書の写しのほか、聖書研究の専門家も見たことがないような謎の文献が含まれていた。このことから、「キリスト教の知られざる事実を知る手がかりになるのでは」と一気に期待が高まり、一部では「財宝の隠し場所が記されているのではないか」と指摘する声も上がったが、未だに多くが謎に包まれたままとなっている神秘的な文書なのである。


■死海文書を記した、謎の超能力者宗団

「死海文書」が作成されたのは、今から2000年以上も前のこと。記されていた教義などから、「クムラン宗団」の手によるものと考えられている。

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 この宗団は、死海文書が発見されたクムラン洞窟がある死海北端の岸にある遺跡「キルベト・クムラン」に生活の基板を置き、厳格な戒律と規則に従って共同生活を送っていたというが、その実態は古代ユダヤ教エッセネ派の中核組織であったと考えられている。エッセネ派のルーツは、紀元前1370年頃のエジプトまで遡る。当時、1人の長の元に、いつくかの職能集団が集まって大きな秘密結社を作っていたが、エッセネ派はその職能集団の1つであり、医者や治療師で構成されていた。やがて勢力を拡大したエッセネ派は、エジプト周辺からパレスチナに移り住むが、その生活ぶりは非常に禁欲的で、独身主義と菜食主義を貫いていた。宗団への入会は誰でも自由であり、人種による差別もない。そのため、各地から虐げられた人々が集い、信者が減ることはなかった。

 そして驚くべきことに、エッセネ派には厳しい修行や瞑想などにより、超人的なパワーと未来を見通す予言能力を身につけた者もいたと言われている。そんなエッセネ派の中のエリート宗団、すなわち超能力宗団となったのが、このクムラン宗団だったのだ。


■イエスとクムラン宗団

 さて、キリスト教の開祖であるイエスの生涯は謎に満ちている。貧しい大工だったヨセフの婚約者に、マリアという女性がいた。マリアは神の使いである天使ガブリエルから啓示を受け、処女懐胎し、イスラエル南方にある衛星都市ベツレヘムにてイエスを出産。神の子(救世主)として生まれたイエスは、波乱に満ちた生涯を送ることとなる。

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 まずイエスは、救世主であるが故に赤子の時から古代ユダヤの王・ヘロデ王に命を狙われた。難を逃れるため、父となったヨセフと母マリアとともにエジプトに逃避する。その間、1~12歳ぐらいまでイエスの消息はぷっつりと途絶えているが、これが第1の「謎の空白期間」と呼ばれている。

 そして12歳になる頃、イエスは両親とともにイスラエルに戻って来る。すると彼は、神殿の前で学者たちを相手取り、活発に議論を交わすようになったという。まだ少年であったイエスは、老成した専門家たちが舌を巻くほどの学識をすでに持っていたのだ。これは、イエスの天才ぶりをうかがわせる逸話である。しかしその後、なぜか彼は再びぷっつりと姿を消してしまうのだ。これが第2の「謎の空白期間」である。

 再び人々の前に現れた30歳のイエスは、預言者ヨハネから洗礼を受け「広野の40日間」の修行に突き進み、覚醒した。その後、救世主として超人的パワーを身につけ、次々と奇跡(空中浮遊・水上を歩く・あらゆる病気を完治など)を起こすのである。ここに、あのクムラン宗団とのつながりを見出すことができる。

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「12歳までは宗団の規則に従って生活する。21歳までは見習いとして修行を積み、入会資格を得た後、試験を受けて30歳までに一人前の宗団員となる」

 そう、彼の人生は宗団の規則と奇妙な一致を見せるのだ! このことから、イエスはクムラン宗団に属していたのでは? という可能性が出てくる。なお、神の声を告げる人として、預言の力を持っていたヨハネは、当時クムラン宗団の一員であったとされる。そのことからも、イエスはクムラン宗団で30歳まで禁欲的な共同生活を行い、肉体と精神を追い込んで能力を研ぎ澄まし、ヨハネから洗礼を受けて覚醒したのではなかろうか。初期キリスト教とクムラン宗団の教義(貞潔と清貧を貫く、財産などを共有する、救世主の到来や終末思想など)に類似点が多く見受けられるのもうなずけるのだ。


■死海文書に記された「真実」とは?

 1947年に発見されてから、「死海文書」はなかなか一般に公開されなかった。現在も全容がわからないというが、解読に時間がかかりすぎているのも事実だ。そのため、「バチカン(キリスト教の総本山)にとって都合の悪い事が書かれていたから公開が阻止されたのではないか」という陰謀説まで流れることになる。

 これまでの解説から、「古代ユダヤ教エッセネ派=クムラン宗団=原始キリスト教」という図式が成り立つことはお分かりだろう。バチカンは「キリスト教の教義が、ユダヤ教の一派から派生したものに過ぎない」という事実を認めたくなかったという話もあるが、どうやらそこまで単純な話ではなさそうなのだ。

 クムラン宗団は、救世主を待ち望み、終末思想に傾倒していた。彼らによると、「光の子」と「闇の子」の最終戦争が起こり、人類は大厄災に見舞われるが、その時2人の救世主が現れるという。「アロンのメシア」と「イスラエルのメシア」である。一説によれば「アロンのメシア」は、クムラン宗団の末裔から現れる。そして、もう1人の「イスラエルのメシア」が、なんと日本人だとする考えがあるのだ。

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 イスラエルの民は当初、12の支族から構成されていた。だが、北のイスラエル王国(10支族)と南のユダ王国(2支族)に分裂。紀元前8世紀頃、イスラエル王国はアッシリアによって滅ぼされ、10支族はアッシリアに連行された。しかし不思議な事に、その後10支族は消息を断ってしまうのだ。では、彼らは一体どこに行ってしまったのか? 世界各所に散らばったと言われているが、その一部が日本に渡ってきたという説がある。これが「日ユ同祖論」だ。この「日ユ同祖論」が囁かれる裏には、日本の言語や宗教儀式などにユダヤの痕跡が感じられたりする背景がある。

 確かに、青森にはキリストの墓があるという伝説も残されている。ゴルゴダの丘で処刑されたのは身代わりとなったイエスの弟イスキリであり、イエス自身はその後、日本に渡り十和田湖辺りで106歳まで生きたというのだ。「イエスの血を受け継ぐ日本人が、人類を滅亡から救う救世主となる――」。死海文書にこのような預言が記されていたとすれば、日本人を神格化させたくない白人至上主義の闇の勢力は、たとえどんな手を使ってでも隠匿しようとするだろう。

 クムラン宗団は、旧約聖書の『ダニエル書』を特別視していた。ダニエル書は「終末の予兆が始まってから、約70年後に世紀末の大破局が来る」と伝えているという。イスラエルの建国が、死海文書が発見された翌年の1948年。それから数えて約70年後の2017年~2018年に、いわゆる「人類滅亡ハルマゲドン」が起こることを示唆しているのではないだろうか? その時、クムラン宗団の預言通り日本人が救世主となって人類を救うのか――? Googleとイスラエル博物館とが共同で進める「死海文書」のデジタル化計画にともない、2011年からネット上で全文公開が開始されている。真実が明らかになる時は、そう遠くはないのかもしれない。(「TOCANA」より転載終了)

今月9月はユダヤ暦における大きな節目の月であり、13日のユダヤ新年から“解放の年”と呼ばれる「ヨベルの年」というのが始まります。

「テトラッド」と呼ばれる2000年ぶりの皆既月食と皆既・部分日蝕が続く1年半(2014年4月15日〜2015年9月28日)が終わるのも今月であり、これはユダヤ教の中では太古の昔から予言されていた「最後の審判の前の合図」であり、同時に“終末の世の到来”“救世主の再臨”を意味する天体現象であります。

この「ヨベルの年」に救世主が再臨するのをユダヤ教徒は長く待ち望んでおり、そのためイスラエルのマスター・ラビのカニエフスキーは「安息年の終わりにメシアが戻るため離散のユダヤ人は9月12日までにイスラエルに帰還するように」という指示を世界中のユダヤ人1300万人に伝えています。

そして、ユダヤ新年の10日後には、すべての借金が免除されて罪が贖われるユダヤ教の中では1年の中で最も大切な聖なる日の「大贖罪日(だいしょくざいび)」というのがあります。

2000年ぶりのテトラッドの解放の年(ヨベルの年)における大贖罪日は、ユダヤ教徒の中ではかなり重要な位置付けとなっている日であり、9月13日がユダヤ新年なので、大贖罪日は9月23日の日本では秋分の日となります。

今月23日の秋分の日は、非常に重要な日となるでしょうが、偶然なのか必然なのか、この日にホワイトハウスでは、オバマ大統領とフランシス・ローマ法王が会見することになっています。

アメリカという国家を作り出したのは、フリーメーソンとも呼ばれる秘密結社であり、その中枢はサタン信仰をする過激なユダヤ教を信仰するユダヤ人集団とも言われていますが、オバマ大統領も隠れユダヤ人としても有名であり、サタン信仰が途中で乗っ取ったバチカンのローマ法王と大事な日に会見をするのは、何か大きな意味や意図が隠されているようにも思えます。

今回の文明の発祥から歴史の裏を動かし、少なくとも、この2000年間は地球を管理して来た人々の信仰の中心が終末思想であり、世界の終わりに自分たちが救われるには救世主の再臨が必要不可欠で、そのために最終戦争(第三次世界大戦)や人口の削減(生贄)も必要だと本気で考えているのだから困ったものです。

また、救世主の再臨には、ユダヤの神殿が必要であり、その場所が今は岩のドーム(エルサレム)としてイスラム教徒の管理下に置かれているのだから、これだけユダヤ人が動き出している今、エルサレムは何が起こっても不思議ではありません。

「では、この救世主とは一体誰なのか?何者なのか?」

当然ながらユダヤ教徒以外でも、救世主の正体が話題となって来ているのですが、その救世主が「日本人である」という説が各地で出てきています。

冒頭でご紹介した死海文書の「戦いの書」の中では、人類の中で「光の子」「闇の子」の最終戦争が起こり、世界は大厄災に見舞われ、その時に2人の救世主が現れると記されています。

それが「アロンのメシア」「イスラエルのメシア」であり、アロンのメシアは、古代ユダヤ人のモーゼの兄のアロンの末裔であり、現代のフリーメーソンとも呼ばれるメンバーの中から生まれるのではないかと噂されています。

一方の「イスラエルのメシア」というのが、いわゆる『ユダヤ十支族』と呼ばれる歴史から姿を消した古代ユダヤ人の末裔となります。

イスラエルの民は当初十二の支族から構成されていましたが、北のイスラエル王国(十支族)と南のユダ王国(二支族)に国が分裂し、紀元前8世紀頃、北のイスラエル王国はアッシリアによって滅ぼされてメソポタミアの捕囚とされてしまいました。

ところが、その後に突如十支族は歴史から姿を消してしまい、表の舞台にその存在が出てくることはなかったのですが、その一部が日本にまで渡来してきており、現代にまで繋がる日本という国の建国に大きく関わって同化していったのではないかというのが、いわゆる「日ユ同祖論」となっています。

そのため「十支族=日本人」という説が都市伝説のようになって日本でも話題となっていますが、これが単なる都市伝説や妄想でもなく、イスラエルという国やユダヤ人は本気で失われた十支族の行方を捜しており、1975年には十支族を調査する専門機関「アミシャーブ(Amishav)」が設立され、その機関が十支族の行方を辿って最終的にたどり着いた地が日本でありました。

日本にたどり着いた彼らが最初に調査に向かった場所は、八ヶ岳西麓の湖「諏訪湖」の畔にある「諏訪大社」でした。

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古代イスラエルの礼拝所に“幕屋”という砂漠に立てる巨大なテントのようなものがあり、その大きさは縦5.4mで横18mの大きさとなっていますが、諏訪大社にある十間廊という建物は、幕屋と同じ大きさとなっており、東側に入り口があって西側の奥に本殿があるのも同じ構造となっています。

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また、諏訪大社のご神体は「守屋山(もりやさん)」という諏訪大社の裏にある山であり、古代イスラエルのエルサレムの名称は「モリヤの丘(山)」であって、さらに諏訪大社の「御頭祭」というお祭りも聖書に登場する「イサク奉献伝承」とまったく同じ内容となっています。

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さらに、毎年冬期になると諏訪湖が凍結して氷上に大きな亀裂が走る「御神渡」という現象とご神事がありますが、これはマタイ伝福音書題14章にイスラエルのガリラヤ湖を船で渡る弟子達とともにイエス・キリストが水の上を歩いてきたことの再現であるとも言われています。

これらの偶然の一致だけに限らず、諏訪地方には数多くの古代ユダヤと繋がりのある証拠があり、また諏訪地方の神社関係者の中には「我々はキリストの末裔である」と自称する方もいます。

その他にも日本という国の文化から言語、風習に至るまで古代ユダヤと類似するものが多く、これらの調査からアミシャーブの中では完全に「十支族=日本人」と認識されており、彼らは日本人を「イスラエルのメシア(救世主)」として期待しています。

古代イスラエルの民は、神のお告げで、北イスラエルの十支族がアッシリアに、南王国のユダが新バビロニア帝国に滅ぼされてしまう前に大切な「アーク(契約の棺)」を持ち出し、真の平和を構築するために「東方の日出る島」の新天地を求めてやって来ました。

「東方の日出づる島」は古代より、ヘブライの民にとって「天国」を意味しており、ヘブライ語で天国を「ミズホラ」と呼ぶので、日本の古名は「豊葦原(トヨアシハラ)ミズホの国」となっております。

イスラエルの地を離れ、約束の地を目指した古代ユダヤの民は、現在の四国の徳島にたどり着き、彼らは、アークを剣山に隠して、そこからヤマトを始めました。

ヘブライ語アラム方言で「ヤ・ウマト(ヤマト)」「神の民」という意味になるともいいます。

今文明の最終章、世も廃れた世紀末になってくると「東方の日出る島から世界の蘇りが始まる」と預言されています。

スサノオの末裔である古代ユダヤの民が、再びヤマトの国へ舞い戻り、そのDNAの血脈と霊脈が現代の日本人へと受け継がれ、これから世の中の立て直しが始まります。

『アイカギ ゝ○ Θ コノカギハ イシヤト シカ テ ニギルコトゾ』(日月神示)
※イシヤ(石屋=フリーメーソン=ユダヤ人)

日月神示にも、世界平和を実現する鍵はユダヤ人(フリーメーソン)と日本人の和合にかかっているような記述があります。

テトラッドの期間、イサヤ(イエス)の足跡を辿ってイスラエル、マリア(ナザレ)の足跡を辿ってスペイン・ポルトガル、そして日本各地の巡礼の旅を続けてきましたが、今月の最後にご神事で訪れるのは日ユ同祖論の原点にもある諏訪地方となります。

今の日本人が、本当に救世主となるのかわかりませんが、自分自身も含めて少しでも日本の民が本来の地球人としての自覚とモラルを取り戻し、地球再建のために目覚めることを祈っていきたいと思います。