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出雲大神宮
出雲大神宮は京都府亀岡市の北東部に位置し、大国主命(オオクニヌシノミコト)と后神である三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)を奉斎し(明治の制による)、特にこの二柱を合わせて出雲大神、出雲大神宮(日本書紀)、出雲神社などと称へ奉ります。

古事記や日本書紀に見られるように、大国主命は因幡の素兎で知られる慈愛に満ちた神様で、当宮末社に祀られる少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)と共に国土経営に尽力なされました。 本殿
その後、皇孫に国譲りの後、幽世(カクリヨ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となります。

『丹波国風土記』によれば、「奈良朝のはじめ元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。すなわち今の出雲大社これなり。」と記します。
よって当宮に古来より元出雲の信仰があります。(転載終了)

2000年ぶりの皆既月食後の“夜明け”の初日である9月29日は、京都の亀岡市の丹波一宮「出雲大神宮(いずもだいじんぐう)」へと初詣に行きました。

「京都なのに出雲?」

そう疑問に思われるかもしれませんが、ここは島根の出雲大社とは直接は関係のある神社ではないものの、本当の“出雲”という意味では、出雲大社よりもより出雲とは縁が深い神社であり、社伝においては、本来の出雲はこの地であって、現在の出雲大社は出雲大神宮より神の分霊を受けたとして、出雲大神宮は「元出雲」とも呼ばれている場所でもあります。 

確かに、現在の出雲大社は江戸時代末期まで「杵築大社(きづきたいしゃ)」という名称であり、古代より「出雲神社」といえばこの丹波の出雲神社を指していたそうです。

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古くは「大八洲国国祖神社(おおやしまのくにのみおやのじんじゃ)」という名称であった出雲大神宮の歴史は、軽く1万年以上もあると言われており、元は拝殿もなく現在の本殿の裏にある御蔭山を御神体として信仰していた神社であったそうです。

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この御蔭山の御神体は、今あちこちで目覚め始めている「国常立尊」であり、その山麓にある「上の社」という神社には「素戔嗚尊(スサノオ)」「奇稲田姫命(クシナダ)」が祀られています。

今回、御神体の中心部にまで参拝させて頂きましたが、これからの新しい時代のキーワードとなる神々がすべて集結しているような不思議なエネルギーに満ちた聖地でありました。

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出雲大神宮は、本当は「いずもおおがみのみや」とも呼ぶそうです。

2014年3月21日の春分の日に急遽奈良県の「大神神社(三輪山)」へ参拝することになり、この時は磐座を参拝する度に晴天が雲に覆われて霰(あられ)が降ってくるという珍事続きの日でしたが、その1年後にもまた、突然の流れで沖縄の宮古島へと訪れることになり、これもまた2015年3月21日の春分の日には宮古島諸島の離島である「大神島」へと渡ってお祈りをしていました。

そして、2015年の秋分も過ぎて、最後の皆既月食も終わった翌日もまた、ここでも「大神(おおがみ)」という名前が出てきました。

偶然といえば偶然かもしれませんが、節目節目のタイミングで必ず「大神」という名前がキーワードとなっており、そして同じく「国常立尊」「スサノオ」という存在が切っても切り離せない存在としてあります。

眠っていた神、封印されていた神が目覚めるというと、どうしてもオカルト風で胡散臭いものに感じてしまいますが、ただ、確かに太古の昔より表に出てこなかった日本の底にあるエネルギーや意識の存在のようなものが目覚めて動き出した感覚があります。

「だから何が変わるの?」

そう聞かれても、明確に何がどうなると答えられるものでもありませんが、日本においては、もうこれ以上は堕ちようのないところまで堕ちてしまったので、これから先は間違いなく良い方向へと全体としては進んでいくと思っています。

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今回の出雲大神宮への参拝は、いつも巡礼の旅を共にしている鳴海周平さんと画家のはせくらみゆきさん、そして首相夫人の安倍昭恵さんとご一緒させて頂きましたが、当然ながら今の政権との絡みなど一切なく、ごくごくプライベートのお付き合いの中での同行であります。

自分自身、テレビも新聞も見ない人間のため、あまり今の政治のことなどは詳しくもなく、また極端に関心が高いわけでもないので政治のことを記事に取り上げることはほとんどありませんが、個人的には安保法案どうこう関係なく、まずは戦争のない平和の世界の望んでいるのは間違いありません。

だからといって、今の政権を批判するつもりもなく、また反対にデモに参加する人たちも批判するつもりもないのですが、なんとなく今の流れは「どっちも本当に世界平和を目指しているのかな?」と疑問に思うこともあります。

自分たちの平和を守るために武力を使って守るというのも何か違うと思いますし、また批判や批難ばかりで反対行動をするのも、意識としては戦争を起こすのとは変わらない“戦いのエネルギー”であり、結局のところは二元性の世界からは抜けられない状態が続いてしまうように思います。

「本当の世界平和って何だろうか?」

戦争の有無、武力を使う使わないことが世界平和の象徴でもなく、本当の世界平和は、この惑星の住む人々の心の中にあると思い、少しでも人々の意識転換のきっかけとなることを願って「天下泰平」というブログも書きました。

「武力で身を守らないと平和な日本が保たれない」

そういった意見も耳にしますが、今の日本は本当に平和なのでしょうか。

戦争は別の国同士や他民族同士の争いが多いですが、日本は戦争こそ70年間起こっていないものの、幼児虐待が絶えず、親が子供殺したり子供が親を殺す家族間での争いが多く、また同級生を殺害したり、日本人としての同族同士の争いも日常茶飯事です。

年間の自殺者は数えられているだけでも3万人以上ですが、実際は10万人以上ともいわれており、平和な国と称しながらも、人々の心の中は年々荒んでいき、行き場のない不平不満、そして不安や恐怖の想いが政治や社会に向けられているように思えます。

身近にいる家族、国民同士でも仲良くできないのに、肌の色も文化も違う人々と本当に仲良くできるのでしょうか。当然、地球人同士で仲良くできないのであれば、他所からの訪問者も気軽には遊びに来れません。

3500年前のスサノオの時代。都のあった京都に政治の中心地であった奈良。出雲族が築き上げた文明は、本当の意味で循環社会と平和な世界が保たれていました。出雲族ゆかりの地である京都が開き、日本の再生がこれから始まると思います。