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今、世界中のシャーマン達からもエネルギーの中心地として注目されている八ヶ岳の地において、その中心にあるのは聖なる山として崇められ、古代より禁足地であった「権現岳」

ドームハウスの完成が迫り、これから本格的に八ヶ岳を拠点とした活動が開始することを2715mの権現岳山頂に鎮座される「イワナガヒメ」へとご報告して参りました。

往復10時間の天上界の旅。この時期の八ヶ岳の山頂は、すっかり氷の世界です。

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天孫降臨の主役であるニニギノミコトのお嫁さんとして2人の姉妹が嫁いでいったものの、美しいコノハナサクヤヒメとは対象的に醜い姫として追い返されてしまった無残なイワナガヒメ

美しい富士山を象徴するかのように、コノハナサクヤヒメは富士山へと祀られ、これもまた富士山とは対象的にデコボコの荒々しい山々が連なった八ヶ岳にはイワナガヒメが祀られ、長い期間、日の目を見ることもなく、陰でひっそりと息を潜めていた八ヶ岳とイワナガヒメですが、新しい夜明けの時代となった今、この醜い姫が表に姿を現し、新時代を引っ張っていく時期がやってきたようにも思えます。

「醜い姫ではなく、見えにくい姫だった」

そういった見解もあるように、イワナガヒメは醜いのではなく、見えにくい存在であり、それは周波数が高くて肉眼では見えないことの意味だったり、目に見えるものがすべてではなく、目に見えないことにすべての本質、原因があるような意味としても捉えられています。

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これから先は、大きく世の中が大転換する時期。昨日までの価値観が180度変わってしまう日が、ある日突然やってきてもおかしくはありません。

その中で宗教という存在もまた、本来の信仰というものの本質へと回帰するでしょうし、この限界を迎えている資本主義経済そのものが根底から変化し、単なる消費を追い求める経済社会から本当に人類と地球のために必要な生産活動中心の社会へと移り変わっていくことでしょう。

宗教や経済の大きな変化、またエネルギー革命なども起こっていく過程において、やがてお金がすべてである時代にも終わりが来ると思いますが、無意味な労働や理由もない生きることへの恐怖心から解放された人類は、すべてが自由となった日からは、一体何を意識して生きるでしょうか。

「何を買うにも、どんなサービスを受けるのもタダ」

今まではごく一部の大富豪のみが、お金に何の不自由もない生活や人生を送っていたかもしれませんが、すべてがフリー化された時代においては、人類の皆が大富豪と同じような立場になり、お金の有無で生きることへの不安もなければ、いくらでも欲しいものを手に入れて欲望を満たすことができます。

働かなくても好きなように生きられると人間は皆堕落していのでしょうか、それとも何もすることもなくなると、定年退職した直後にボケてしまうケースが多いのと同様に、人類皆が急激に老け込んでボケていく人が増えていくのでしょうか・・・。

おそらくは、全員が大富豪になるのと、世の中がフリー化になるのは、実際は大きく意味が異なってくるものであり、人間はお金のある社会では、いくらお金持ちになっても消費欲は果てがないものであり、お金があるからこそ、お金や資産を失う不安は、より一層大きくなるのかもしれません。

世の中でお金の必要性がなくなる時代、すべてがフリー化されることは、皆がお金を持つわけでもないですし、さらには集合意識という面では、全員が一気に生きることへの不安、ストレスのあった労働から解放されるので、人類全体が何かに目を覚ましたかたのように大きく意識が変化して、すべてを判断する物差しとなる価値観そのものが変容してしまっているかもしれません。

今はお金の社会にいるため、お金を使ってのGive&Takeが当たり前の基準であり、Give&Giveの見返りを求めない助け合いの世界を想像することは難しいですが、何を買うにも無料となった場合、人々は今までとは物を買う基準も大きく変わると思います。

食品や食材1つにしても、今までは安ければ何でも良いというのが、消費者の大部分の判断基準であり、その需要があるからこそ、生産する側も農家であろうと、製造業者であろうと、安く生産・製造して販売できれば、人の健康も地球環境も度外視して良いというのが当たり前でした。

ところが、すべてが無料となった場合、わざわざ身体に悪い食材を欲しいと思う人は少ないでしょうし、生産する側も本当に良いものしか人々の需要がないとなれば、今までとは180度違った生産や加工方法を考えていくことになると思います。

その中で、人々の人生の価値観も同様に変化し始め、今まではお金が第一、仕事があっての家庭でもありましたが、これもまたお金や働くことの優先順位が下がると、自分自身を含めた身近な人々がよりよく生きられる方法を日々模索するようになると思います。

今は、どうしてもお金になるかならないか、その行動の1つが稼げるか稼げないかで労働の価値や人の存在意義も決めつけられ、本当は人々が生きる上や地球のことを考えた場合、お金にはならないけど重要なことは世の中にはたくさんあります。

その代表的なことの1つが子育てであり、子供は宝という考えを皆が潜在的には共通して持っているにもかかわらず、今の社会では、子育てがしにくい環境であり、子育てをする母親などの労働の価値が低いものとされ、一応はお金が価値のある時代の中、そのお金を少しでも稼ぐ人が大切な存在という位置付けになっています。

お金がなければ子育てができない、子供も産めないし、結婚もできないという社会は、人類の繁栄という視点からすると、明らかに矛盾している社会です。

何が人々にとって大事なのか、その視点が現代の文明社会では失われていますが、これから先の大転換の時代、現代のお金を中心とした社会システムも大きく変わり、同時に人々の価値観も変容してくると思います。

何が人類にとって本当に大切かの視点を取り戻し、人間社会も愛と幸せに満たされていけば、その中でようやく自然の中に人間もあり、人間も自然の一部であることに気づくと思います。

そして、ようやく本来の地球人としての自覚と役割に目覚めることになるのかもしれません。

八ヶ岳の地では、こういったGive&Giveを基準とした新しい時代の雛形となる社会モデルを作っていけたらと思います。

これは1人では当然出来ないですし、多くの人々が何かしらの形で得意分野を一品持ち寄りで関わっていくことで実現する社会なので、これから様々な受け入れ態勢をつくって、皆様にもご参加頂ける村社会を共に創造していけたらと思います。