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臆病な僕でも勇者になれた七つの教え(著・旺季 志ずか)
内容紹介
ワクワクして、勇気がわいて、
しかも涙がこぼれる。

テレビドラマ界の大人気脚本家がはじめて放つ、
最高の冒険ファンタジー小説が誕生。

青い髪に生まれ、「バケモノ」と呼ばれる少年、キラ。
失意のなか、森で出会った老師に導かれ、
どんな願いも叶えるといわれる
「七つのストーン」を集める冒険に出る。
そこで見つけた、勇気のMINAMOTOとは……。

壮大な世界観とともに描かれる、
新しい自分に生まれ変わるための
「心」のつくり方。

「最初の一歩が一番こわいけん。
ほれは見えない橋に踏み出すような勇気がいる。
ほなけんど、踏みしめた足元に橋がかかる。
わかいし(若者)よ、臆病なまま夢をつかめ」


老師はそう告げると、ふっと消えた。
キラは、再び「伝説の聖櫃」をもとめて、
クイチピチュ(虹の峰)に向かって歩き始めた。(本文より)

新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今年1年の目標をすでに考えた人、これから考えようとしている人もいるかもしれませんが、とにかく今年は「自分自身を大きく変えたい」という人にオススメの本を一冊ご紹介。

それは、昨年12月7日にサンマーク出版から登場した「臆病な僕でも勇者になれた七つの教え」という本です。

著者は“旺季(おうき) 志ずか”さんという方で、これが処女作となりますが、発売当日にAmazon総合ランキングで5位、発売から僅か5日で6刷となって5万5千部が完売するという驚異的なスピードで世の中に普及している本です。

著者の旺季さんは、本の執筆は初めてとなりますが、実は知る人ぞ知る有名な脚本家であり、人気テレビドラマの『女帝』『カラマーゾフの兄弟』『ストロベリーナイト』『佐賀のがばいばあちゃん』『特命係長 只野仁』などのシナリオを手掛けた方であります。

とはいえ、我が家はテレビがないし、テレビがあった頃からドラマを見る人間でもないので、これらのドラマも見たことがなければ、旺季さんのお名前も存じ上げていなかったのですが、ひょんなご縁で旺季さんと繋がったのは昨年秋頃のこと・・・。

ちょうど1年半にもおよぶ皆既月食が連続に続く天体ショーが終わる2015年9月頃、ブログなどで古代ユダヤや古代ヤマト、聖櫃(アーク)や徳島、戸隠のことなどを記事にしているのを旺季さんがご覧頂き、ご興味を持って下さってご連絡を頂いたのがきっかけでした。

「滝沢さんがシェアされている内容が、今書いている小説のキーワードと似通っているものが多くて驚いています」

そんなメッセージとともに、後日に完成した著書「臆病な僕でも勇者になれた七つの教え」を贈って頂いていたのですが、年末まで忙しくて本を読む時間がなく、ようやく先日に読み終えることができました。

「自分が伝えている内容とリンクする小説ってどんなのだろう?」

まったく想像がつかないまま読み進めましたが、読み始めた序盤より、旺季さんが仰っていることの意味がよくわかるほど多くのキーワードと物語の構成に目を惹かれました。

小説のストーリーは、とてもシンプルなものであり、弱虫でいじめられっ子の小学生の少年が仲間と一緒に伝説の宝物を探し出し、その過程でいくつもの試練を乗り越えて勇者になって強く生まれ変わったというもの。

映画や漫画にもありがちなストーリーでありますが、重要なのは、その物語の具体的な背景であり、まずは伝説の宝物というのは、現実世界でも今話題となっている古代イスラエルの秘宝「聖櫃(アーク)」という設定になっています。

アークとは、約3000年前にシナイ山でモーゼが神から授けられた十戒を刻んだ2枚の石板をしまった箱であり、紀元前900年以降に突如、北イスラエルの10支族と一緒に歴史上から姿を消してしまい、イスラエルの諜報機関から世界中の権力者達が現在までも血眼になって探し求めている秘宝です。

「アークを手に入れた者が世界を支配できる」

現実世界でも、そんな噂や都市伝説が絶えないアークですが、この小説の中でもアークを手に入れたものは何でも願い事が叶うといった、まるでドラゴンボールのような設定になっています。

そして、その行方不明になっている「失われたアーク」が隠されている場所が、現実世界ではここ日本の徳島県にある剣山であると言われていますが、小説の中では世界各地の入り口から入れる亜空間のような異次元世界にアークは存在しており、その中で三角形の山の「鶴岩」「亀岩」の間に埋められていることになっています。

これもまた、ご存知の方も多いように、剣山も山頂付近に「鶴石」「亀石」と名付けられた巨石が鎮座しており、元の名前は「鶴亀山(つるきさん)」という名称だったように鶴と亀と縁が深い山なので、小説の中のアーク伝説は完全に現代の古代イスラエルと古代ヤマトを舞台としたアーク伝説とリンクしています。

このアークを目指して旅をする主人公「キラ」たちと、それを妨害して立ちはばかる悪の組織のボス「タマス」

タマスは世界の富を集める悪の財閥の手先であり、人造人間「トカゲ男」の軍隊を率いてキラ達と最後まで死闘を繰り広げます。

この設定もまた、世の中の真実をよくわかっている人からすれば、今の現実世界そのまんまを描いた内容であり、世の中の社会・経済を支配し、世界人類をコントロールしている闇の組織は“イルミナティ”などと呼ばれて世界を牛耳っていることになっていますが、その正体は「レプティリアン」と呼ばれる爬虫類人(トカゲ男)であることは、今では多くの人に知られるようにもなりました。

世界を変えることができる聖櫃(アーク)を巡って、闇の組織に立ち向かう少年の冒険物語。

世の中の裏事情を知らない人でも普通に楽しめる内容ですが、知っている人からすれば「よくぞ小説でうまく書いてくれた」と思うほど、この世の真実を小説を通して非常に上手く表現していると思います。

ただ、この小説のすごいところは、そういった舞台背景や設定が現実世界の真実を忠実に再現しているだけでなく、その中で伝えられている様々なメッセージにも、現実世界にそのまんま通用する“真理”が多く含まれていることです。

小説の主人公キラは、母子家庭で極貧の環境であり、自分の“青い髪”のせいで両親が離婚したことがトラウマとなり、ひどい自己嫌悪や自己否定の感情を持っている子供で、おまけに学校でもひどいイジメられ方をされている絵に描いたような悲劇の主人公です。

何をするにも「自分には無理」「自分には出来ない」「自分が悪い」とネガティブに考えたり捉えたりするタイプの人間でありますが、そんな自分に一切自信のなかった少年が、アークを手にいれる冒険を通して、いくつもの「心=自分」を手に入れていき、そして最終的には超自己否定・自己愛が欠落していた主人公が自分を認め、受け入れ、自分を愛するようになる自己愛構築プロセスを描いたハッピーストーリーとなっています。

描かれ方は極端ではありますが、恐らくは多くの方が多かれ少なかれ、このキラと重なる自分自身の嫌な部分を感じて同調したり、もしくは共感する場面もあるかもしれません。

自分の中で嫌いな自分、許せない自分、素直に愛せない自分自身を誰もが少なからず持っているものであり、100%自己愛に満たされてた人はほとんどいないのかもしれませんが、これからの真実の時代、嘘や隠し事が通用しない世界において、自分自身の生き方にも嘘をつかないで“本当の自分”で生きようと考えている人には、この100%自己愛を取り戻すことは今、最も重要なことになります。

自分自身の内なる平和を実現できなければ、相手と仲良くすることもできず、みんなで平和な世の中を創るのは到底無理であり、同様に自分自身を愛することができなければ、目の前の相手も身近な人々も愛することができず、世界中の人々、動植物から自然、地球そのものも心から愛することができません。もちろん、この世の中も。

これから先、どんな素晴らしい理念を掲げて立派な行動をしているようでも、自分自身が100%自己愛に満たされていないまま突き進んでいってしまうと、どこかで歯車が狂ってしまったり、カラ回りして自分は頑張っているつもりが周囲には白い目で見られたり、はたまた自分自身が知らず知らずのうちに疲弊しきってしまってダウンしたり、ストレスが溜まって爆発してしまうこともあるかもしれません。

夜明けが始まった今、間違いなく時代は統合の方向へと動いていきますが、その中で誰もが出来ることであるのが自分自身の統合

分離してしまった自分のすべてを癒し、取り戻し、本来の自分となって再出発することです。

自分自身ビックリしたことは、その“真理”の多くが「臆病な僕でも勇者になれた七つの教え」には書かれています。

是非とも「分離の時代」が終わって「統合の時代」が始まった今、多くの人々に知って頂きたい、気付いて頂きたい、思い出して頂きたいエッセンスが濃縮されているので、一部を以下にご紹介させて頂きますが、詳しくは本書をご一読頂けたらと思っています。

『ひとつ』から分かれて、人は『ひとり』になった
確かなことは、『ひとつ』から分かれて、人は『ひとり』になった。寂しく孤独になった。比較し、優劣をつけたり、違ったものを差別したりするようになった。他人の物、自分の物と所有を争うようになった。それが原因で闘いになり殺し合い疲弊している。
『人間は分離のゲームをしている』
そんな言葉がキラの脳裏に浮かんだ。
これはMINAMOTOからのメッセージだろうか?争いも殺し合いも、『ひとつ』という『分離』のない状態では起こらないことだから?
『ひとつ』であることを忘れて愚かな競争や戦争をすることが『分離のゲーム』だというのなら、なぜMINAMOTOはそんなゲームを始めたのか?
『ひとつ』のままなら起こらなかった哀しく終わりのないゲームを僕たちにさせて、MINAMOTOは何をしようとしているのか?

ひとつからひとり。まさに、この言葉がこれまでの時代や文明そのものをすべて象徴している一言です。

地球人という1つのカテゴリーにおいても、長い年月で民族に分かれ、国ができ、国の中の家族という単位も村社会の大家族から拡大家族、核家族となって、今は戸籍上は家族でも生活時間も意識の繋がりもバラバラの個の集団です。

特に日本においては、親が子を殺し、子が親を殺すという末期的な家族関係の時代ですが、それもまた個々人の意識が“ひとつからひとり”になり、分離が極まるところまで行ってしまったところに原因もあり、これから人類が目指すのは単純明解で、今度は“ひとりからひとつ”になることです。

そして、この「ひとつになること」に欠かせないのが“自己愛”であり、自分自身が満たされることでようやく全体が見えて、その中の自分を客観的に捉えられるようになります。

また、本書には「老師(ラオシー)」という名の徳島弁をしゃべるカエルの姿をした先生が要所要所で大事なメッセージを打ち出していますので、この老師の言葉で個人的にヒットしたものをいくつかご紹介しておきます。

一度踏み出した者はずっと歩み続ける。踏み出さなかった者は一生とどまる
「よう言うた!夢を生きる最初の一歩は宣言することじゃ。心で決めたことを口に出す。途端に内側から妨害する思いや感情が出てくる。ほのネガティブな意見に主導権を譲らない。宣言し続けるんじゃ。『自分はやる。できる』。『できない』という思いがでる度、その何倍もの『できる』『I can do it !』、自分に言い聞かせる。自分の脳を洗脳するようにな。多くの者が、自分がやりたいことを『金がない』『時間がない』『今は時期じゃない』『もっと準備してから』などと、いろいろな理由をつけてせーへん。ほれは、行動を起こしたら、多かれ少なかれ傷つくことを知っておるからじゃ。行動を起こすということは、失敗する恐怖と向き合うことでもあるけんな。傷つく覚悟が必要なんよ。鼻くそほどの勇気でええ、一歩踏み出したら、傷ついた以上のでっかいご褒美がやって来る。ほなけん、一度踏み出した者はずっと歩み続ける。踏み出さなかった者は一生とどまる。敵は我の中にあり。まずは内側の批判的な自分に打ち克つことじょ」

自分の脳を洗脳する。言葉は悪いですが、これは自分自身もよくやること。自己催眠に近いかもしれませんが、脳は非常に単純なので見事に騙されてくれます。

「行動して後悔することよりも、行動しないで後悔する方が嫌だ」

という信念が昔からあり、幼い頃から大胆な行動をするので周囲の人々からすると気が気じゃない子供であったかもしれませんが、とにかく何か重要な選択や行動をする時に“迷う”という状況はなく、ここぞと決める時や動く時は頭で考えるよりもハートが動いていつの間にか行動しています。

そして、そういった時は大体上手く行ってますし、仮に上手くいかないことがあっても行動した後に後悔したことはほとんどないように思えます。

ただ、少しでも“迷い”が出た時は、逆にストップすることが多いかもしれません。直感よりもまだ先に頭が動く場合は「時期じゃない」、もしくは「その選択じゃない」と思っているので、そういった意味では“迷わず”判断をします。

それに近いことも老師は、本書の中でも伝えています。

『幸せ』は『不幸』の顔をしてやって来る
「想いが現実化しないのは、しないほうがいいときだけじょ。時期が違うのか、そのこと自体が真実ではないか、どちらかじゃ。治らないほうがお前のtamashii(魂)の学びになるとMINAMOTOが判断したんよ」
「今はわからんかもしれん。しかしな、世に言われる『不幸』は『幸せ』への道しるべじょ。『幸せ』は『不幸』の顔をしてやって来ると言うてもええ。おまはんのtamashiiは大きな学びをして、想像することもできない高みまでつれていってくれる。あとになって、あれがなかったら今の自分はなかったと感謝するほどのできごとになる」

これもまた自分自身の信念の中に「平穏な日々を過ごすなら死んだほうがまし」という一般的には過激な発想があるので、起こる出来事が幸か不幸か以前に何も変化のない日常こそ地獄だと思っていて、何でも良いので変化があったら「ラッキー」と思ってしまう癖があります。

それは時には人生最大の不幸な出来事であったり、他人から見たら絶望のような状況であったとしても、当の本人からすれば「変化こそ最大のギフト」なので、その変化が大変化であるような出来事であればあるほど至福の感覚に至ってしまいます。

この辺はあまり理解されない感覚ですが、誰しもが「今」の自分があるのを常に感謝しているのであれば、今まで起こった出来事はすべて二重マルの結果であり、これから先に起こることも、その場では理解できずともきっとすべて二重マルなんだと勝手にいつも思っています。

とはいえ、起こる出来事によっては瞬間的には感情が揺さぶられることもありますが、基本的にはすぐに冷静になって「起こるべきして起こること、これが将来の何に繋がるのかな」とすぐに楽観的に考えてしまいます。

呼吸だけが、《今》《ここ》にある真実じょ
「今、ここにいる状態ということじゃ。みんな、体はここにおっても、意識はここにないことが多い。やってしまった失敗を悔いて過去に行ったり、将来の不安で未来に行ったりする。仕事をしながら夜のデートのことを考え、ご飯を食べながら仕事のことを憂う。いつも、《今》《ここ》ではないところに意識が飛ぶ。呼吸だけが、《今》《ここ》にある真実じょ。ほなけん、呼吸に意識を戻すことがIMA“KOKO”になるんよ」

「今」を認識すること、その「今(ここ)」を感謝することが出来れば過去も未来もオールOKになるわけですが、そのポイントになるのが瞑想であり、その中でも呼吸が大事だと老師は伝えています。

2016年は昨年よりも瞑想時間を増やし、また呼吸についての意識も高めてやってみようと思います。

映写機のフィルムは心なんよ
「信じられんかもしれんけど、この世は、おまはんらが何を信じているか、それによって現実が変わってくるんじゃ。映画はスクリーンに映像が映し出されとる。あの映像がおまはんらの現実。映写機のフィルムは心なんよ。心が何を考え、感じているか、それが現実に映されてるだけ。つまり、おまはんらは自分の思考を体験しているだけなんじょ」

現実の体験があって感情を得るのではなく、先に心の感情があって、それが現実を創り出して体験をしていると本書で老師が説明しているのですが、これは非常に大事なこと。

心の感情、それは“意識”と呼んでも良いと思いますが、意識は人の体や細胞のすべてに入っているのではなく、この三次元空間すべても意識であり、起こる出来事も意識によって創りだされています。

現実世界で起こることは結果の世界、原因の世界は意識にあり、現実を変えたければ結果の世界を変えようとしてもいつまでも何も変わらず、意識を変えれば現実はすぐに変わるもの・・・

意識が生み出したこの世界を変えるには、これから人間の意識変化が大きな鍵となっており、だからこそ半霊半物質となって意識覚醒を進めることが重要で、その集合意識の繋がるバルブをあちこちで色々な人が開きにまわっています。

自分のバルブ、蛇口を開くのは自分自身でやるのが一番早くて確実であり、そのためにも自身の内側をよく観察し、自己愛も満たし、意識が現実を生み出していることを確信して日々ビジョンを描きながら生きていると、今までとは180度違う不思議な人生が開いてくると思います。

「いまさら自分なんて変わりようがない」

そう思っている人は大勢いるかもしれませんが、一体どの自分を見て自分自身を“自分”と思っているのでしょうか。

本書にも出てきますが、一般的に人間は3%の顕在意識、97%は潜在意識で生きていると言われています。

自分で思っている以上に自分自身は認識していない自分によって動かされて生かされているのですが、多くの人々は自分の頭で考え行動しているだけの自分を100%自分自身であると思い込んでいます。

たった3%の自分の意識、その自分の頭で考えることなどは実に浅はかなことであり、仮に3%の自分が3%の自分自身を100%の自分だと思ってダメな人間だと思っているのは大きな勘違いとなります。

残り97%の自分も含めて100%の自分自身を信じること。

個人的には、頭で考えて感じることは3%の自分の意識であり、頭よりも先にハートで感じること、直感的に受け取る感覚は97%の自分の意識であり、その自分を芯から信じているので何かにつけて大きな“迷い”もありません。

もちろんレストランでどのメニューにしようかなって小さな迷いは常日頃からありますけどね。

残りの自分を認識することから始め、それを確信を持って信じることができれば、あと3%の自分としてできることは、すべてを“委ねる”だけです。

旺季さんは、この本を「目覚め」がテーマだと教えてくれましたが、自分が読んだ限りでもまさにそう思います。

本書を読んだ方が、少しでも本来の自分に「目覚め」、これからの人生が良い方向へと進みますように・・・。