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今から2年半前に行ったドームハウスの地鎮祭。

地鎮祭というより、世界を含めて全国各地からそうそうたるメンバーが集まっての八ヶ岳総合祭祀であり、地鎮祭を執り行なう前に周囲のいくつかの神社参拝をするようなメッセージも降りてきていました。

その中の1つが、先日にご紹介した大泉町の「泉神社」ですが、その他にもドームハウスの敷地を三角形で取り囲むように2つの神社の名が出ており、1つは八ヶ岳では知る人ぞ知るもっとも有名な神社「大滝神社」でありました。

2017年、八ヶ岳初詣シリーズでは大泉町の泉神社、白旗神社に続き、隣の隣町にある小淵沢町の大滝神社を参拝。

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今から6年前の2011年春。東日本大震災の後に山梨へ移住した当初、初めて八ヶ岳を訪れた際に参拝したのもこの大滝神社でありました。

その時がまた衝撃的であり、一緒にいた家族が泉の前にて神がかりとなってしまい、その後に写真を撮るとカメラの画面越しに本人が発光しているのがわかるほど、神秘的な光に包まれて何かが降臨していました。

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「水神さま、水神さまが来た・・・」

ご案内頂いた地元の方はよく知っている存在のようで、ここでは「水神さま」と呼ばれる神が鎮座しているようです。

確かに大滝神社は「大滝湧水」と呼ばれる日本百名水の1つがコンコンと湧き出している八ヶ岳随一の綺麗で美味しい湧き水ポイントであり、水とは深い縁のある神社であります。

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この大滝神社の重要なポイントは、お社のある拝殿ではなく、拝殿を左脇に進んで裏山へ続く石階段を上った先にある巨大な磐座であります。

社務所もない小さな小さな神社でありますが、ここにはアイヌのシャーマンをはじめ、全国各地より神事を目的に様々な神官や行者が訪れております。

自分自身もまた八ヶ岳との縁はこの神社、ここの神様との繋がりから始まり、一般的に磐座に降りて来るのは「セオリツヒメ」とも言われてますが、八ヶ岳に来るたびにご挨拶をしていると理想的な土地が見つかり、またセオリツヒメの本拠地である六甲山へ伺う流れも出来たのでありました。

八ヶ岳にお越しの際は、是非とも大滝神社にお立ち寄りくださいませ。県外からも湧き水を求めて訪ねてくるほど知る人ぞ知る霊水の湧き水であり、空のボトルやタンクを持っていくと持ち帰ることもできます。

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ちなみに八ヶ岳南麓の山梨県北杜市は、10年以上前に八ヶ岳と同じく「8つの町(村)」が合併して出来た比較的新しい高原都市であります。

北に八ヶ岳連峰、西に南アルプス、東に瑞牆山や金峰山の3000m級の山々がそびえ立って要塞のようになっており、太平洋からも日本海からも日本の中央に位置して南向きに開けているため、日照時間、冬の晴天率は日本一の地域としても知られています。

現在、全国からも「八ヶ岳」が移住先の人気スポットとして注目されていますが、その中心が八ヶ岳南麓の北杜市であり、その中でも八ヶ岳を背負って本当の意味で八ヶ岳の麓となるのは、地図にある小淵沢町、長坂町、大泉町、高根町の4つの町であり、その中でも八ヶ岳の玄関口となっているのがドームハウスも拠点を置いている大泉町となっています。

白州町や武川町は南アルプスのお膝元であり、明野町と須玉町は茅ヶ岳や瑞牆山、金峰山のお膝元となります。

ドームハウスの地鎮祭前に降りてきた参拝ポイントは、大泉町の泉神社、小淵沢町の大滝神社に加え、3つ目のポイントは高根町にある「船形神社」という場所でありました。

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「正位諏方大明神」と鳥居にも書かれているように、この船形神社は諏訪神社系統であって、諏訪大社の祭神と同じ「建御名方命(タケミナカタ)」をお祀りしています。

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神楽殿には、なぜかいつも“五色”の紙垂(しで)がかけられており、ここもまた人がほとんどいない静かな神社ですが、地鎮祭からのご縁もあって2017年の初詣でも参拝させて頂きました。

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そして、2017年の個人的なメインの初詣は、やはり昨年にもっともお世話になってご縁も深まった諏訪大社。

上社と下社の合計4社がありますが、自分が必ず行くのはユダヤの十間廊もあり、ご神体である守屋山に向かって造られている諏訪大社上社前宮であります。

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その前宮の中でもメインのポイントは奥の本殿ではなく、その手前の道端にある大きな2つの木の間の中の小さな祠。

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「御室社(みむろしゃ)」と呼ばれた中世まで使われていた古代地下祭祀場の跡地であり、ここでは諏訪で太古の昔より信仰の中心となっていた土着の神「ミシャグチ神」と共に洞で過ごす神事が執り行われていました。

九州系をルーツに持つ渡来系の出雲連合軍がやって来る前まで、諏訪は古代ヤマト縄文民族の中心地であり、この地を治めていた酋長の洩矢(もりや・もれや)一族

彼らの信仰の中心にあった神「ミシャグチ」は大蛇であり、白蛇とも言われています。

白蛇、白龍とも言える諏訪に鎮座する大神。

洩矢一族、後に守屋山の名前ともなっている「モリヤ」は、旧約聖書に登場する古代エルサレムの古い呼び名モリヤであり、縄文の神「ミシャグチ」もまた、古代ヘブライ語の「MShYCh(ミシャグチ)=救世主」を意味します。

ただ、諏訪にいた縄文民族のルーツは古代ユダヤよりもっと古く、人類最古シュメール文明にまで遡り、シュメールの爬虫類系の神であるアヌンナキとも関係していると思います。

「君の名は。」が大ブームとなり、諏訪湖が開かれて、その諏訪湖のエネルギーを受ける八ヶ岳に人々が集まってきているのもシュメール、縄文の神々の目覚めであり、日本を中心として地球の原点にすべて回帰しようとしているのかもしれません。

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諏訪は、龍穴が多いフォッサマグナと中央構造線が交差する龍の道の統合の地。

八ヶ岳西麓である、諏訪地方は縄文中期において日本列島の10分1の人口が集まるほど、今の首都圏のような立ち位置にあって大変文明が栄えていたようです。

蟹河原の長者、佐久良の長者、須賀の長者、五十集の長者、武居の長者、武居会美酒、武居大友主、そして洩矢(もりや)一族を中心とする縄文民族が諏訪湖を囲むように一同に集結しており、そこで和合しながら生活していました。

そこへ建御名方命率いる、稲作文化を持つ出雲族が日本統一に向けて西からやってくることになり、諏訪の縄文民族の各地域の長者たちと出雲連合に加盟するような交渉が始まったそうです。

とはいえ、信濃国の統一は他の地域に比べて容易ではなく、出雲族は北から対馬系の安曇一族を呼び寄せて協力を求めたそうです。

こうして、ほとんどの豪族が出雲連合に取り入れられる中、洩矢(守矢)一族の祖神である洩矢神(もりやしん)は加盟に反対し、そこで交渉が決裂して争いになったと言われています。

とはいえ、結局のところ戦いを知らない縄文民族である洩矢神は出雲に敗れることになり、諏訪地方は出雲族の配下となってしまいます。

この時、建御名方命や安曇族を引き連れて出雲連合の総指揮をとっていたのが、賀茂一族の饒速日(ニギハヤヒ)=男神アマテルであることが、諏訪地方の数々の伝承に残されています。

そして、建御名方命は「諏訪大明神」となり、ここから現在の諏訪大社が始まっているそうです。

ただし、伝承によると、先住民である洩矢の人々は決して新しく来た出雲系の人々にしいたげられたりしたわけではなかったそうです。

出雲族は、洩矢族を諏訪を治めるための重要なポジションに配置していました。

当時、諏訪湖は今よりも湖が大きくて上社(本宮、前宮)と下社(春宮、秋宮)の4社とも湖畔に面していたそうですが、この4社は出雲族や安曇族、洩矢族などで分配して管理していたようです。

その中でも、すべての中心で統括していたのが上社の前宮であり、そこは洩矢一族が管理して、諏訪大社の重要な祭祀も洩矢一族が取り仕切っていたようです。

縄文の先住民、出雲族、後に日本を建国した古代ユダヤ、そのすべてが和合している諏訪。

日本で初めて民族同士の統合・和合・調和が実現した重要地であり、ここから新たな時代の統合が生まれるものと思われます。

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諏訪大社上社前宮には、翡翠の石が入ったおみくじがありますが、このパッケージは「君の名は。」のシンボルでもある八芒星(ベツレヘムの星)。救世主(ミシャグチ)キリストのシンボルであります。

これもまた偶然なのか必然なのか、わかっている人がやっているのか神のいたずらなのかわかりませんが、とりあえず「大吉」だったので今年もまた良い年となりそうです。