参加者20名の権現岳登山。
八ヶ岳一帯は、8月に入ってからずっと雨続きでしたが、この登山日だけ奇跡的な晴天に恵まれ、最高の山日和の中で団体登山がスタートしました。
登山開始時刻はまだ薄暗い未明の午前5時。
片道6時間を想定した長い登山であったため、列が間延びしないようにひとチーム4名の5つの小さなグループにわけての登山としました。
自分がサポートとして入ったのは最後尾のチーム。
前日にお伝えしていたのですが、権現岳の山頂は簡単にたどり着かず、大きな山を2つ越えてからようやく3つめに権現岳がでてきます。
スタートから天女山という山の山頂であり、ここですでに標高1529m。
日常とは違う気圧の中、とにかく前半はゆっくりゆっくり進むことを心がけ、最初の山の頂上である前三ツ頭まで3時間、その次の山である三ツ頭まで4時間半、頂上の権現岳まで6時間の所要時間を想定し、午前5時にスタートして11時に山頂に到着するスケジュールでした。
天女山をスタートして、まず最初にやってくるのが「天の河原」という展望休憩スペース。
通常は15分から20分ほどの時間で到達できますが、例年のグループ登山の経験だと、この時点ですでにしゃがみこんでしまったり、朝早いので貧血気味で顔色が悪くなってしまう人もいます。
それでも、ここで少し呼吸を整え、またゆっくり歩き出せば、誰でも30分、遅くとも1時間後には呼吸や登るリズムをつかみ、約半分のポイントである前三ツ頭に到着するまでは問題なく復活する傾向があります。
「まずは天の河原まで20分ほど頑張りましょう」
こうして始まった最後尾グループの登山。ところが開始5分どころか、1分で参加者の1人のYさんの動きが止まってしまいました。
「ぜぇ、ぜぇ、しんどいです・・・」
体調が悪いのかと思ったのですが、お話を聞くと、普段はまったく運動をしていないだけでなく、山登りも一度もしたことがないとか。
それどころか歩くことさえ苦手で、地上を歩くのも人並み以上に遅いとのこと。
「(なぜ、それで権現岳に!?)」
内心ツッコミを入れたくもなりましたが、これもまた必然の集まりと流れ。
まずはたくさんお水の入ったリュックを持ってあげて、またいつでも一緒に下山できる心構えもしながら登山を続けました。
本来15分で到達できる天の河原にすでに30分近く経過して到着。
このペースだと仮に登頂できても、戻ってくる頃には日も暮れてしまいそうですし、何よりも山頂どころかあと何分歩けるかも検討がつかない状況でした。
それでも自分の中では、万が一となったらおんぶしてでも登山するつもりもあったので、本人が諦めなければとことんお付き合いをしようとも考えていました。
天の河原から目指すは、最初の山頂ポイントである前三ツ頭。
本来5時にスタートしたら8時には到着予定であり、先頭グループは8時少し前には前三ツ頭に到着してました。
一歩一歩着実に。ゆっくり5分登っては休憩の繰り返し・・・一歩でも進めば必ず前進していることを信じて登っていきながら、開始1分で誰もがこれ以上の登山は不可能だと確信しながらも、ついに我々のグループも奇跡的に前三ツ頭へと到着しました。
その時間、すでに予定を1時間以上も遅れた9時を過ぎており、登山開始から4時間以上が経過してました。
ここが引き返すかどうかの最終分岐点。
ところが三ツ頭に到着した時の全員の顔を見ると、すっかり登り始めとは別の顔に。
特に開始1分で挫折しかけたYさんに至っては、もう顔色から顔の表情、姿勢や歩きかたも別人のように変化し始めていました。
「これは、もしかしたら・・・」
もくもくと自分と向き合う登山は瞑想状態になりやすく、山頂まで行かずとも、そのプロセスでどんどん人が変化していく様子を見ることができます。
また普段なら、体がキツければすぐにでも挫折できるものの、グループ登山でもあり、自分の限界のまた限界を超えたチャンレジをし続けるのは、日常では使っていない様々なスイッチがオンになります。
登り始めとは別人のようにたくましく、また輝く表情に変わったYさん。
「山頂目指しましょう」
本人の意思も尊重し、このまま限界を超えた登山は継続、権現岳の山頂を目指すことになりました。
「何分経過しました?」「あとどれくらいですか?」
とにかくどれだけ時間が経過したのか、またどれほど時間がかかるのか気になるYさん。
「過去は忘れてください。そして未来も気にしないで今の一歩に集中してください。人生と同じですよ」
そう、大事なのはこれまで何歩登って来たのか、これから何歩登る必要があるのかという過去や未来ではなく、今この瞬間の一歩であります。
どんな過去を歩んできたのか、またどんな未来が待っているのかではなく、今この瞬間を大切に生きること。その大事なことを山登りでは気づかせてくれます。
こうして一歩一歩着実に登りつめて、最終グループもなんと権現岳山頂に無事に到着。
さらに後半はペースが落ちるどころか上がって、予定時間をたった50分ほどオーバーした午前11時50分着でありました。
先頭グループは、早くて10時30分頃には山頂に到着してましたが、全員の到着を最後まで待っててくれて感動的なグループ登頂でありました。
さて、登りあれば下りあり。山登りで本当にキツイのは、この下りであります。
それでも行きのペースを考えたら下りのペースは上がるかと思いきや、下り始めて1時間ですでに通常のコースタイムの倍の時間がかかっており、このままだと下山は夜になることが想定されていました。
「少しペースをあげるかな・・・」
すでに限界の限界どころか、もう無心となっているYさんの様子を考慮しながらも、さらなる限界突破の可能性も信じて、下山途中からペースを上げてみました。
最初は離れてゆっくり付いてきたYさん。そのペースに変化が起こったのは、下り始めて2時間半、登山開始から10時間が経過した時でした。
かなりハイペースで下山しているのにも関わらず、ピタッと後ろに同じペースで付いてくるYさん。
何度振り返っても、一切離されずに付いてくる姿を見た時は目を疑いましたが、どうやら10時間心身共にフル活動をした結果、すべてが覚醒したようです。
「自分でも信じられないのですが、まったく疲れないんです」
単なるランナーズハイとは違う、明らかにご自身の隠された潜在能力が発揮された瞬間でした。
きっかけは、同じグループのメンバーからの一言。
「しんどい、しんどい・・・」
登りでも下りでも口癖のように「しんどい」と口に出していたYさんに対し、下りの途中にメンバーの1人が何気なく一言アドバイスしました。
「しんどいことに意識を向けると本当にしんどくなってしまうので、別のことに意識を向けたほうがいいよ」
その一言がきっかけで、Yさんは「皆についていこう」という方向性に意識チェンジ。
その瞬間、突然体が軽くなって疲れも感じなくなったと言います。
すべては意識。
「私は遅い」
「私には無理」
「私は体力がない」
「しんどい、つらい、苦しい」
今の自分、今の現実を生み出しているのは、紛れもない自分自身であり、自分の意識であります。
自分で自分に暗示をかけ、洗脳し、自分の隠された能力を封印・・・というよりも、自分自身の能力を隠してしまっています。
限界を超えた体の疲れと瞑想状態の意識、そこに自発的に起こった意識チェンジによって、Yさんの中にあった自己暗示、何かのブロックが外れた瞬間、本来持っている力が次々に発動されたのでした。
「この感覚。この今の自分を忘れないでください。今回は10時間かかったけど、一度覚えたら瞬時にその自分になれますから」
これは本当にそう。人間、意識を集中してその気になれば、その瞬間から別人のように変わってスーパーマンのようになれます。
そこに必要なのは、自分自身を疑わず、確信を持って集中することだけです。
完全に覚醒したYさんは、そのままペースを落とさず突き進み、なんと前のグループも追い抜き、さらにその前のグループにも追いつき、気づけば当初の下山予定時刻17時も間に合って、16時45分には下山してしまったのでした。
行きは6時間50分。帰りは、なんと4時間15分ですが、下りの前半は通常の倍ペースで下りてきたので、覚醒後のペースが如何に尋常のスピードでなかったかがわかると思います。
スタート1分で荷物も手放し、這いつくばるように一歩一歩ゼーゼー言いながら登っていた姿が嘘のように、最後の2時間はスタスタスタと、背筋も伸びて呼吸も安定していました。
17時00分ちょうど。最終メンバーも予定時刻ぴったりに下山して20名の参加者全員が無事に下山することができました。
その瞬間、ポツリポツリと雨が降り出し、その後はザーっと大雨に。まるで最後まで龍神様が我慢して見守ってくれていたかのような信じらない光景に皆が驚いていましたが、この日は首都圏をはじめ、関東地域が異常気象となったのは有名なこと。
東京は、夕方の僅か2時間で1000発の雷が落ち、関東全域で豪雨と雷が響き渡って雹まで落ちてきたりと龍神様が大暴れの日であったそうです。
実は、権現岳の山頂に祀られているのは、かの有名なイワナガヒメ様と、もう一神別の神様がいます。
その名も「八雷神(やくさいかづちのかみ)」。
別名火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)であり、伊邪那美命の体に生じた8柱の雷神の総称であります。
八ヶ岳エリアも、この後は満天の星空になったものの、八ヶ岳周囲は雷が鳴り響き、星空と流星(円盤?)、さらに雷とコラボの幻想的な光景を目の当たりにすることになりました。
とにかく無事に終わった初の権現岳大グループ登山。
きっと参加者の1人ひとりが、自分自身とも向き合い、新たな自分と対面して新しい自分の人生が始まったことかと思います。
権現岳登山は、早ければまた秋にでも、そして来年の夏にもまた企画するので、是非ご興味ある方はご一緒しましょう。