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危機管理学部

危機管理の基本技術を身につけ、さらに健康、安全、安心を求める応用技術を修得して、安全で平和な社会を実現する危機管理の専門家を養成する危機管理学部。

千葉科学大学と日本大学の2箇所だけに設置された国家のテロ対策などを研究する特殊な学部ですが、日本に最初に設置されたのは千葉科学大学であり、先日はこの千葉科学大学の危機管理学部の先生とお会いする機会がありました。

奇しくも、その日は8月31日、北朝鮮がミサイルを発射した2日間後であり、数ヶ月も前に決まっていた予定だったものの、タイムリーなタイミングに驚きです。

専門家から見る今回の北朝鮮ミサイル問題。

結論からいえば、今回の北朝鮮のミサイル発射は、国際的な法の観点からは違法・違反ではないギリギリラインのようです。

ミサイルの高度は日本でも誰の国の領域でもない宇宙空間と言える高度であり、またミサイルが落下した場所も公海であり、どちらを見ても日本に脅威を与える意図をもった行為としては判断できないようです。

とはいえ、この高度にしろ飛距離にしろ、ギリギリラインを狙って成功させたことが一種の脅威であり、北朝鮮のミサイル技術の高度化はもちろん、軍事中枢部にはかなり国際法にも精通したインテリ集団がいると言われています。

「首相が官邸に泊まると北朝鮮からミサイルが発射される」

偶然なのか、事前に情報を知らされていたのか、安部首相が滅多に泊まることのない官邸に泊まると翌日にミサイルが発射されたことが続いたことから、北朝鮮と日本政府の繋がりに疑惑が持たれたりもしていますが、外敵の脅威があることを国民に印象付け、自国の軍備を強化することは、現代文明ではよくあるマッチポンプの手法の1つです。

存在するはずもないテロ集団、テロ国家が意図的に作り出し、正当防衛、聖戦を掲げて罪のない国々を侵略するアメリカ。

世界平和を目指している国々が一番困ってしまうのが世界平和であり、問題児がいなくなってしまうと戦争ができず、戦争ができないと仕事、お金がなくなってしまいます。

もちろんお金だけでない、古代からの民族同士の争い、お金以上に重要な土地や秘宝を巡っての争いなどもありますが、この世界が平和にならないのは悪役がいるからではなく、悪役をつくって正義のヒーローを勝手に自称している国々があるからでもあります。

とはいえ、正確には国というより、国さえも作り出す組織、民族がいるからだと思います。

地球上の多くの国家誕生は「できた」というより「作られた」と表現する方が適切かもしれません。

北朝鮮、イスラエルの問題児国家はもちろん、アメリカさえも作られた国家であり、世界の革命の陰には必ず同じ組織が動いてコントロールしており、明治維新もまた彼らによって意図的に引き起こされたものであります。

北朝鮮問題もまた、単なる国家間の問題として捉える限りは真実が見えてこなく、北朝鮮を生み出した組織、今も北朝鮮を背後で牛耳っている人々の意図を考えてこないと世界で起こっていることの真相は見えて来ません。

「日本も核武装と軍隊の設置を」

隣人が武器を持っているので、自分たちも武器を持っていないといつ襲われるかもわからない。

その恐怖心や猜疑心がある限り、隣人と武器なしに仲良くやっていけるわけもなく、まず世界の人々が仲良く平和に暮らすには恐怖心のない状態を目指す必要があるのかもしれません。

殴られたら殴り返す、武器を持っているから自分も武器を持つ。

確かにそれも地球で生き抜くために必要な考え方かもしれませんが、大きく時代が変わっている今、まったく新しい概念を持って対応することも必要かもしれません。

単純に殴る蹴る、攻撃するという物理的な側面だけでなく精神的な側面にも目を向けるとか・・・。

すでに科学の世界は物質の世界だけでなくエネルギー、意識の世界への研究も常識となっています。

防衛という観点もまた、再び古代の地球、日本のように意識のエネルギーも視野に入れるとともに、もっといえば防衛ではない形で攻めるでも守るでもないスタイルで意識を使える民族、国家となることを願いたいものです。

国民全員が真剣に祈ること。

そんなことで他国から攻められず、自国も武器を捨てても大丈夫な環境が作られるなら、一度は真剣に試してみたいものです。

国連の安全保障理事会は、国連憲章に基づいて国際の平和と安全を維持または回復するために違法国家に強制措置をとることができます。

強制措置は経済制裁が有名ですが、経済制裁でも効果がない場合の次の段階は国際的な軍事制裁であり、これが現時点の国連が対応できる最終段階であります。

何を言ってもやってもダメとなったら、最後の最後は武力行使。殴っていいなりにさせる。

世界平和の中心を担う機関の最終手段が軍事制裁、武力行使というのは、今の地球文明のレベルがどんな位置にいるかよくわかる象徴であり、美しき緑の星の人々に笑われても仕方ないのかもしれません。

祈りや意識のエネルギーが国連でも使われる日が来るのでしょうか。

「これ以上駄々をこねるようなら祈りますよ」

「そ、それだけはやめてください」


そんなやりとりが未来にはあってもおかしくはないのかもしれません。

むしろ、日々地球人が祈りあっている文明であれば真逆かもしれません。

「祈るのやめちゃいますよ」

この一言がどんな制裁よりも強力に相手に響くような世界となれば面白い地球となっていそうですね。