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キブツ(Wikipedia)
1909年帝政ロシアの迫害を逃れた若いユダヤ人男女の一群がパレスチナに渡り、最初の共同村デガニアをガリラヤ湖南岸に設立したのがキブツの始まりである。

彼らは、自分たちの国家建設の夢を実現させようと願って、生産的自力労働、集団責任、身分の平等、機会均等という4大原則に基づく集団生活を始め、土地を手に入れ開墾していった。

迫害のために世界各地からユダヤ人がこの地にやってくると共に、キブツの数や人口は増大し、学校、図書館、診療所、映画館、スポーツ施設などの建設もすすめられた。

元来農業が中心であったが、現在では工業や観光業も営み、独立した自治体的な側面も有している。

当初、生活のすべてが無料で保障されるとともに構成員の労働は無報酬であったが、現在では給与が支払われるようになっている。

コルホーズ、人民公社など、他の国にも共同社会的な事業形態はあるが、イスラエルでキブツが果たしたほどの重要な役割を持った自発的な集産主義的共同体は、他にはない。

イスラエルにおける彼らの重要性はイスラエルの建国にまで遡ることができ、また現在でも重要な存在である。

社会主義とシオニズムが実際的な労働シオニズムの形で結合したキブツは、イスラエル独特の社会実験であり、歴史上最大の共同体運動のひとつである。

キブツは独立した農業経営がまだ現実的ではない時期に設立された。

共同社会での必要性にかられて、あるいはユダヤ教的、社会主義的なイデオロギーに突き動かされ、キブツの構成員は全世界の興味を引きつける、共同社会的な生活様式を発達させた。

キブツは数世代のあいだ理想郷的な共同体であったが、現在のキブツの多くは、設立当初はキブツがまったく異なる選択肢と考えていた、資本家企業や普通の町とほとんど変わらない。

キブツはイスラエルの人口比率からすると考えづらいほど多くの軍指導者、知識人、政治家を輩出している。

たとえば、初代首相ダヴィド・ベン=グリオン、女性首相ゴルダ・メイアなど。

また、キブツの構成員がイスラエル人口の4%にもかかわらずイスラエル議会で議席の15%を占めていたこともあった。キブツの人口はイスラエル全体の7%を超えたことがない。

しかし、イスラエル人にとっても、外国人にとっても、他のどのような施設にもまして、キブツはイスラエルを象徴するものとなった。

現在、国境地域を中心に約270のキブツが存在し、それぞれのキブツの構成員は100-1000人、総人口は約10万人(2010年)。

「イスラエルといえば・・・」の1つに挙げられるキーワードがキブツ。

キブツ=共同体であり、農業を中心とした農村コミュニティであります。

イスラエルという国が1948年に建国される以前より存在していたユダヤ人コミュニティであり、今もなお、国が定めた市町村とは別の大小様々なコミュニティグループであるキブツがイスラエル全土に存在しています。

今回のイスラエルの旅では、ガリラヤ湖畔のキブツ、そして死海沿岸のキブツの2つのキブツを見学する機会がありました。

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現代キブツは別ですが、元来キブツでは「個人で所有する」という概念がないため、財産も収入もすべてキブツに預け、お金持ちも貧乏人もない平等な社会が作られていました。

政治家の多くが各地のキブツに所属していたため、一歩外の世界では国家の幹部ともなる偉い方であろうとも、キブツに戻れば1人のキブツ民であり、そこでは上下関係もなく、他のメンバーと同様に決まった雑用、掃除当番をやり、また外で稼いだ収入もキブツへすべて寄付する形となっていました。

今の日本で想像つくでしょうか。

テレビで見る国会の政治家達が、それぞれのコミュニティに戻ってくるとエプロンをつけて食事の配給、割烹着を着てお掃除をしていたり、朝から農作業着を着て畑で汗を流している姿を・・・。

でも、イスラエルという国では、それが当たり前の光景としてありました。

「平等、平等」という言葉は、一見響きは良いものの、かつてのソビエトなどの共産主義の失敗もあるように、平等という名で国民を縛り付けコントロールし、結局は民が国家の管理下に置かれた奴隷のような世界も平等の中にはあります。

ただ、キブツが他の平等主義と違うところは、ユダヤ人特有の「自由」を最も大事にしているところであり、平等でありながらも、個人の持つ自由を尊重し、そのバランスを保って出来た共同体がキブツであります。

キブツに入るのも、キブツを抜けるのも自由。

だからといって誰でも簡単にキブツに入れるというわけでもなく、どこか希望するキブツの門を叩くと、まずは一定期間試用期間みたいなものがあり、そこでキブツのメンバーと一緒に働くことをともにするようです。

半年や1年、そのキブツメンバーと一緒に生活をともにすることで、その人の人となりを皆がみて、その後に議会で一定数の承認を得られたら「入村」となり、晴れてキブツの仲間入り、家族の一員となるようです。

キブツに入れば寝床も与えられ、食事も支給、生きるにまったく困らない環境下に置かれます。

もちろん、その代わりそれぞれにあった役割が与えられ、農業や雑用、工業系に至るまで様々な労働はあります。

ただ、朝から働き、お昼過ぎにはお仕事は終えて、後の時間は個人の自由となります。

ゆっくり本を読んだり勉強したり、外出するのも自由です。

大きなキブツでは中に売店なども揃っていて、キブツの中で使える地域通貨のようなものもあり、キブツの外に出なくても生活に必要なものはすべて手に入れることができます。

そして、キブツでは家事、育児に女性が追われる心配もありません。

キブツでは保育園のような仕組みがきっちりと整っており、小さな子供もキブツ内の施設が集団で面倒を見てくれます。

そして、小学校から子供棟に入ることができ、子供は子供達同士で共同生活をしていきます。

もちろん、そこには専門の管理スタッフもいて、毎日教師による学校教育もしっかりやります。

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夕方、学校を終えた子供達は外で遊んだり、家に戻ったりもしますが、夕食は両親と一緒にとって、その後はまた子供棟に戻ってしまいます。

これは早くから集団生活に慣れたり、自立する助けにもなり、また親、特に母親は育児と家事から解放され、自分の時間とゆとりを持つことができ、女性、母親が豊かな状態でいられるのもキブツの大きな特徴であると思います。

家事からの解放は、食事が食堂における配給であるだけでなく、洗濯も玄関の前に洗濯物の袋を出しておけば、係りの人が回収に来て洗濯してくれ、洗濯が終わったら再び家の前に戻してくれます。

もちろん家事、育児が好きな人もいると思うので、必ずしも全員にとって都合の良い仕組みとは限りませんが、食事も作らなくてよく、洗濯もする必要もなく、育児もお任せすることができるのは、女性にとってはかなり生活の中の負荷が減ることであります。

そのため、女性が自立しており、わりとあっさりとキブツ内でパートナーが入れ替わることもあり、相性の合わない男性であれば、翌日から女性が家を出て別の男性と一緒になることも少なくはないようです。

日本であれば社会から異常な目で見られるかもしれませんが、そこは自由を尊重するユダヤ人、キブツであり、周囲も特に介入せずに、それはそれで仕方がないことだと見守っているそうです。

また保育園や学校だけでなく、老人棟、いわゆる老人ホームなどの施設も充実しており、キブツの中には赤ちゃんから老人までのすべての世代が集団生活で困らないような仕組みが整っています。

キブツの運営は議会で協議しながら進めていきますが、村長のようなコミュニティのリーダーは、2年間で毎回入れ替わり、権力や利権が集中しないようなシステムとなっています。

20世紀、資本主義や共産主義とも一味違ったキブツは、世界の中でもあるべき理想郷の姿の1つのようにも捉えられていました。

ただ、国を失った民が、夢と希望を求めて生み出した理想郷キブツも、その子供達、孫たちへと世代交代で引き継がれていくと、今の若い世代のユダヤ人にとって、キブツは決して理想郷ではなく、どちかといえば夢も希望もない閉鎖的な世界のようです。

外の世界に何もなかった時代、砂漠を緑に変え、村を作ってきた人々にとってのキブツへの思い入れは国を作るような意気込みであり、その厳しいプロセスさえもすべてが喜びであったでしょうが、今の若者にとっては生まれた頃から当たり前に存在しているキブツ。

一方で、外の世界は高層ビルが建ち並び、村では見たことのない光景が広がっている社会は魅力であり、田舎の小さく狭いコミュニティの世界から若者は離れていき、現代も残っているキブツの多くの住人は年配者が多くなっています。

また、キブツの中にも現代のイスラエルの社会情勢に合わせた形に変化している箇所が多く、貧富の差が拡大したり、食事も共同ではなく、各個人の自宅に委ねたり、食堂も料金制になったりもしています。

日本の過疎化と大きく変わらない現状が、今のイスラエル、キブツの問題としてあります。

一方で資本主義社会の臨界点を迎え、物やサービスが飽和状態とっている日本。特に都会。

逆に日本の若者は都会を離れ、何もない田舎、自然の中に新たな生きる可能性を見出そうとしています。

イスラエルのキブツは、これからの日本に必要な要素も多々ありますが、日本には日本のやり方があります。

50年、100年で終わってしまうコミュニティではなく、500年、1000年続くようなコミュニティ、むしろ国づくりといったような、そんな新しい文明の社会づくりが必要になると思います。

その基盤づくりに必要なものは、まずは理念。

ユダヤ人はユダヤ教、聖書を聖典として神の信仰で歴史と国、社会を作ってきましたが、これからの新しい時代は宗教や民族、国という概念を超えたものとなるでしょう。

少なくともユダヤ人や日本人といった民族の視点を超え、誰もが地球人(アースリング)という視点で世界を見ていくことが基本となりそうです。

そして、目に見える世界と目に見えない世界の両方が解明されつつある今、その両方の世界を視野に入れた概念が必要ともなります。

この三次元世界のおいて地球人としてやるべき任務だけでなく、高次元世界に意識がある中、その意識を新たな次元へと導くために必要な個々の魂のミッション。

単なる自然と人との循環社会を作るだけでなく、そこには個人の幸せの探求、愛の体現など、1人ではない社会活動を通して実現できる役割も多々あります。

聖書の時代が終わる今、ユダヤ人の次にバトンタッチされた日本人には、これから先数千年、数万年も続く新たな文明のバイブルを生み出すタイミングであります。

八ヶ岳の共同体活動もまた、そんなスパンと視野で進めていこうと思います。