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3月10日は、白樺湖にて「故・五井野正追悼講演会」が開催されました。

最初の講師は、夕刊フジ人気コラム「風雲永田町」でお馴染みの政治評論家の鈴木棟一先生のお話。

「死神は前で待っているのではなく、後ろからそっと来て肩を叩く」

これまでの歴代総理をはじめ、今も政界に大きな影響力を持っている大物政治評論家の鈴木先生ですが、まさか五井野博士が亡くなるとは思っておらず、大変ショックを受けていました。

20年以上にもおよぶ、五井野博士との思い出を語って追悼の言葉としていました。

その後、自分の追悼講演。

五井野博士を知ったきっかけから、五井野博士との出会い、現在に至る活動までの歴史をダイジェストにお伝えさせて頂きました。

五井野博士を知ったのは、故・船井幸雄先生がきっかけです。

船井先生は、世界で初めてコンサルティング会社として上場した船井総研をはじめ、日本のビジネス世界に多大な貢献をもたらしただけでなく、一方で、ご自身の立場もありながら、積極的に目には見えない世界、波動や精神世界のことをオープンに語り、日本のスピリチュアルの核となる部分を確立した代表的な先駆者です。

今から10年前。まだ25歳だった時に、自分は船井幸雄先生を知り、多大な影響を受けて、少しでも真実を発信しようとブログを書き始めました。

そんな船井先生が、晩年の数年間に絶大な信頼と期待と寄せていたのが、五井野博士でありました。

五井野博士は、高校生の時には、すでにニュートン物理学からアインシュタインの相対性理論の偽りを見破り、円盤の製造方法までも考案していたほどの天才の中の天才であり、科学だけでなく薬学、芸術、音楽、文学に至る、あらゆる分野で才能を開花し、世界の首脳陣との外交までも行ってきた方です。

五井野博士については、船井幸雄会長の「ザ・フナイ 2010年1月号」にて2人の対談が掲載されており、そこに詳しい説明が出ているので、ちょっと長いですが転載させていただきます。

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船井 船井塾でも、2009年8月に講師をしていただきましたね。

船井塾では、ゴッホの絵を切り口にして、江戸時代の日本が非常に進んだ文化と精神性を持つ国として、当時のフランスをはじめとするヨーロッパ社会の羨望を集めたことや、ゴッホが残した絵画、とくに浮世絵や日本文字の模写が入っているものの絵解きをし、向日葵の絵に込められた本当の意図や意味について、さらには人類の月面着陸の真相にまで言及いただくなど、天才マルチ人間らしい一端を拝見させていただきました。


五井野 私はもともと科学者ですが、これまでは回り道をして絵画の分野でがんばってきました。また医学の分野でも、自然薬の開発をして来ました。自然薬としてヨーロッパで最初に許可を受けたのが、私の開発したGOPです。

GOP:「五井野プロシジャー」という自然薬の名前。GOPは、国際医学学会でもトップレベルの位置にある国際心臓学会も協賛した、米国・ニューヨーク、イタリア、ドイツ、日本で開かれた各シンポジウムにおいて発表され、自然医学界では大きな注目を集めている。

これまで自然薬はバカにされて、なかなか発表そのものができないという状況がありました。西洋式の臨床実験で、彼らがわかるような形で証明しなければ認められません。

しかしGOPは1999年にデンマークの中央薬事審議会から許可が下り、2000年から糖尿病やコレステロールなどの臨床実験を行って第2フェーズの前段階まで終わって、医学的にもその治療薬としての効能が証明されました。しかし自前の資金ではここまでが限界です。

それでも大変に大きな成果が出たために、第14回脂質代謝国際医学シンポジウムで2001年9月10日にニューヨークで発表することが出来ました。このとき、自然薬で発表したのは私だけだったんです。

それからは毎年のようにイタリアやフランス・ドイツ・日本などの国際医学シンポジウムにおいて、発表の機会に恵まれました。

心臓病は、いま世界で最も儲かる病気です。製薬会社としては、がんの10倍以上のマーケットが見込めますから、このシンポジウムはファイザー製薬をはじめ、世界の大手製薬会社がスポンサーとして名前を連ねています。

しかし、権威ある医学学会で発表しても、製薬会社は自然薬の製造はしません。


船井 本来、自然なものが薬といえるわけで、化学薬品のような副作用があるものは、本当の薬とは言えないのです。


五井野 その通りです。私が1994年からデンマーク・ドイツにおいて自然薬の普及に尽力したことや1999年にコペンハーゲン大学で行われたマウス実験での驚くほどの制ガン効果などが、新聞・ラジオ。テレビなどのマスメディアでヨーロッパ中に報道されました。

すると、西欧人の関心は副作用の無い自然薬に傾きました。特に化学薬品でないと薬と信じられない人たちが多いデンマーク人やドイツ人のうち、今では30%以上の人たちが自然薬の支持者になっていると聞いています。

しかしながら2001年に、ニューヨークで開かれた国際医学シンポジウムで反響を呼んでから、国際的には医薬品においての法律基準が厳しくなり、その結果簡単には自然薬では新薬がつくれないシステムになってしまいました。

第3フェーズの臨床実験が、数万人単位になってしまって、費用も、ガンや糖尿病などの大型新薬は、薬になるまでに1000〜2000億円もかかります。これでは、普通の規模の製薬会社では新薬はつくれません。

それで合併するようになったんですね。開発費を捻出するために合併会社が生まれているのです。

しかし我々は、『ザ・フナイ』でも度々発信されているように、製薬会社は儲けるために新しいウィルスを人工的に作ってしまうという状況を知って警戒していかなければなりません。

しかし、一般人はその真実をなかなか受け止められないだろうし、「そうかな」と思っている人でも、いざ自分や家族が病気になると病院に行き、処方された薬を飲みますね。

医学の世界は、はっきり言って、製薬会社の言いなりです。以前、『週間現代』で私がSARSの真実について情報提供をし、それが掲載されるとSARSが止まってしまった、ということがありました(笑)。

高校時代には、いい発想を持つ人は多いのです。しかしアイデアが生まれても、それを生かすことがなかなかできません。

たとえば、ニュートン古典力学の考え方でいえば、どこまで行っても重力がかかると考えられ、ロケットを飛ばすことはできません。

しかし、1927年に世界初の宇宙旅行協会がドイツに設立された際に、フォン・ブラウンという少年が熱心な研究者として、その会に在籍していました。

アメリカは当時、宇宙旅行協会の研究を「夢物語だ」と相手にしませんでしたが、フォン・ブラウンは、後にナチスが開発する、かの有名なV2号ロケットをつくりました。

彼は高校も出ていなかったために、ニュートン力学の洗脳を受けずにいたからこそ、かえってロケットの開発ができたんですよ。

※フォン・ブラウンは、のちにベルリン工科大学で工学博士の学位並びに、ベルリン大学の大学院で物理学の博士号を取得しているが、これは、学歴がなくても功績と実力が認められれば、論文を提出することで学位や博士号を取得できることを示している。

ロケットを飛ばすときには、重力に勝たなければならないと考えると、重力に打ち勝つにはそれ以上の加速力で対抗する訳ですが、それまでの理論では、燃焼する時の分子力が小さいものほど加速力が高いと考えていました。

だから一番軽い水素を使うことが多かったが、フォン・ブラウンは逆に分子量の大きい灯油にニトロベンゼンを入れて、その爆発力でアポロ計画に成功したんです。

高校時代に、私も塩素酸カリにニトロベンゼンを混合したものを燃料にして実験し、成功しました。

高校時代に習った教科書に書いてあることに縛られないで研究している人は、自由な発想ができるんですよ。

ところが、大学入試のための勉強をしてしまうと、決まった定型パターンの計算式が中心ですから、独創的なアイデアなんかは生まれなくなります。

そして大学に入ると、今度は研究施設、つまり機械や装置に圧倒されるんです。機械や装置を動かすことや、コンピューターに入れるということに終始してしまうので結局は機械や装置がなければ何もできないという学生たちを作り出すんですね。

だからいいアイデアがあって、こんな実験をやりたいなと思っても、教授の許可がなければ実験できませんから、自由研究がやりたければ、自分で研究施設を持たなければいけない。その施設には、何億円もかかるという先入観ができてしまっているから、独自のアイデアは実験できない、と思い込んでしまうんです。

日本では新しいものを開発したくても、古い体質に凝り固まっている教授たちが主導するので、新しいものはなかなか開発できない。どこかがこんなものを発見した、開発した、と話題になると、「うちもそれでいこう」と、いつも後追いなんですね。

私の場合は、高校時代に、というとあまりにも生意気に聞こえるかもしれませんが、ニュートンの古典力学やアインシュタインの相対性理論はおかしい、と気づいてしまったんです。数学上の問題の誤りも見つけてしまいました。

科学の世界もいい加減だな。こんな間違いを信じて、人類はバカなのか、はたまた、騙されているのか…と、高校時代は悩みました。結局、「人類は騙されているんだ」とわかりました。

このまま体制内で東大に行って、東大の学生たちにこの事実を教えて体制内改革をするか、もしくは大学には進学せずにアウトロー的な形で「これが正しい」と証明しなければいけないか、という二者択一に迫られたわけです。

たまたま東大紛争があったんで、私は運命的にアウトローの道に進むことなって、高校卒業後は、結局科学を捨ててヨーロッパに行っちゃったんですが…。

科学の世界で、いくら独自の理論を発表しようとがんばったって無理なんです。環境問題の社会運動や芸術の分野で信用力のネットワークを積み上げてきました。芸術はいわば世界の共通語で、国境を越えて誰でも理解することができますから。

今話題になっている研究に、ナノテク技術がありますね。

※ナノテク:ナノ・テクノロジーの略。ナノメートルとは、1mの10億分の1を表す単位。物質をナノメートル(原子レベルの大きさ)の領域において、自在に制御する技術のことをさす。

ナノカーボンの応用は、すでに高校時代に考えていました。たとえばダイヤモンドです。これもいってみればカーボン(炭素)の結晶体ですね。

私の高校時代、ダイヤモンドを製造するときには、超高圧・超高温をカーボンにかけて結晶させる方法が一般的でした。

そこで大掛かりな装置を使わずに、プラズマでつくれないかな、というアイデアが浮かびました。
ダイヤモンドのできる環境というのは原子融合の環境と同じですから。

最初にダイヤモンドの核となるナノフラクタルをつくります。これもナノカーボンですね。最近になってNECの研究員が結晶の形からナノホーンやナノチューブと呼んだ、ナノカーボンを発見しました。

ナノチューブを人工的に作るには、三つのやり方があるんです。真空中で放電してつくる方法、レーザー光線でつくる方法、そして、化学的な物質を電気炉の中で分解させながらつくる、という三つの方法です。

しかしながら、純度の高いナノチューブは大型の施設の中で長時間かかって少量しか出来ないという問題がありました。

だから90%以上の純度のナノチューブは、1g190万円という販売価格です。韓国で製造されたナノチューブを、日本の三菱商事が販売しているのが、1g30万円くらいですね。80〜90%という純度です。

しかし最近ではナノチューブはアスベストのように発がん性があると発表されてからは注目をされなくなっています。

そこで、ナノホーンの開発に期待される訳ですが、ナノホーンを製造される場合はもっと大変で、純度の高いものはまだ生産さえも出来ていないようです。

そこで、そろそろ私も本来の科学者の立場に戻って、ナノテクの研究をやろうか、ということで、3億円くらいかかるような実験装置を、私が設立したウィッピー総合研究所の主任研究員の北村教授に話をして頼んで作ってもらったところ、たった300万円くらいで出来てしまいました。

それでいて、大きな装置で作るものより、もっと純度が高いものが出来、しかも時間的にも早く作ることに成功しました。

つまり我々はプラズマ方式で一瞬のうちにナノホーンを作ったのです。ナノホーンは電磁波の遮断、燃料電池、リチウム電池の寿命を延ばす改良材、さらにはステルスにも応用できます。

※ステルス(stealth)「隠密」「こっそり行うこと」という意味。
レーダーなどに探知されづらい航空機や艦船、車両のことを指したりする。軍事用語。


すでに特許は出しているので、ここで発表できるのですが…。
今、米国やEUから投資家が次々と噂を嗅ぎつけてコンタクトしにきています。

猜疑心の強い人には、来年(2010年)、ある有名な研究機関やある大学で共同研究や講演をする予定になっているので、それで説明は充分でしょう。

プラズマ方式の理屈は簡単です。いわゆるガスをイオン化させるというのが定義ですが、これは本当の意味での、つまり、亜空間とか、プラズマかさせると瞬間移動する、という類いのプラズマとはちょっとちがうのですが…。ガスをイオン化させて炭素にぶつけるだけのことですから。

結晶をつくるためには、フラクタル原理といって何でもいいから核になるものを組み込まなければなりません。化学者と物理学者の領域を両方知っている人でないと、そういう発想や研究は生まれないんです。

いまの学校教育では、分野ごとに分断された勉強、研究なので、これでは結局はトータル的なものはできません。全部の分野においての教育が必要といわれるゆえんです。

さらに新しい科学研究というのは、日本では難しいんですよ。

開発のための予算が違うんです。例えば日本が先駆けた万能細胞の研究に、やっと政府が20〜30億程度の予算がついたというニュースがあったと思います。

ところがアメリカだったら、いきなり100億円を出すから来てくれ、なんですよ。1億円でも難しいのが日本、アメリカなら、ポンですよ。

しかしスポーツ選手と同じで、科学者も成果が出なければ1年で打ち切りというのが当たり前なんですがね。

でも科学者のプライドは、やはりアメリカのほうに向きますよ。その状況を変えてもらわないと優秀な人ほどどんどん海外に流れてしまいます。

官庁の人が理解してくれないと予算がつかないという制度では、抜本的にどうしようもありません。


船井 もう変わると思うんですけどね。


五井野 そういう思いをもってくださるというのは、たいへん心強いことです。

アインシュタインは50年間、光について研究したけど、本当のことは結局わからないと述べています。
アインシュタインの相対性理論はE=mc2(二乗)のところから間違っていると思います。

※E=mc2(二乗):Eはエネルギー、mは質量、cは光速度

現代においてニュートン力学やアインシュタインの法則が否定されると、これまで積み上げてきた学問が総崩れになってしまうので、矛盾を矛盾としない理論をむりやり構築してきたのかもしれません。

誰かが「それ間違っていますよ」と発表すると、相手にされないどころか、全部を敵に回してしまいますから、地位のある科学者だったら現実に起きていることと、アインシュタインの理論とのあいだに矛盾が生じてしまうことは否めない。

たとえば光の速度は、早くなったり遅くなったりする、という実験が日本やロシアで既になされていて、証明もされているのに、日本では公式に「アインシュタインの相対性理論は矛盾する」と発表することが出来ません。

ところがロシアのアカデミーでは、ニュートン古典力学やアインシュタインの考える宇宙観というのは、実際とはズレがあるという認識が常識になりつつある。

たとえば流星が木星上に落ちた、というニュースが最近ありましたね。

その映像を見ると、噴煙が上がっています。また、木星に近づいた人工衛星の写真からは火山も見えている。そこからわかることは、木星は個体なんですよ。

ところが木星はガス惑星ということになっている。木星や土星は水より軽い比重と教科書で教えられてきました。

それはニュートン力学で計算すると、木星や土星の比重は水よりどうしても小さくなる。

だが、それは現実の観測とは違っている。だから、ニュートン古典力学は、今の時代には合わないんですよ。しかし現状は、それでも進んでいる。アインシュタインの場合も同じです。

宇宙空間での実験では、相対性理論どおりにはいかない。旧ソビエトの科学は、宇宙は真空ではなくエーテルに満たされているという宇宙空間エーテル説です。

※エーテル:光の波動説で光を伝える媒質として仮想され、光の電磁波説以降は、
電磁波の宇宙での触媒とされる物質。


ニュートンの説でいくと、真空の宇宙空間に波動である光は通過しないはずなのに、実際は通ります。

そこで、ニュートン力学の矛盾を解消するために出てきたのがアインシュタインの相対性理論だったんです。

さらに、ニュートン力学とアインシュタインの理論の矛盾のつじつまを合わせるために新しい物理理論がどんどん出てくる。そのなかに埋没しているのが、現代の物理学なんですよ。

ロシアでは旧ソビエト時代から、もともと宇宙空間エーテル説でしたから、ニュートンの「宇宙空間は真空である」という考え方とは違うんですよ。

だからアインシュタインとはまったく違う結論が導き出されていたわけです。

ポーランドに、エーテル学説のトップの学者がいました。ソ連時代ではアインシュタインと対抗する人でしたが、私はその人と、地中海に浮かぶマルタ共和国で話をしたんです。

その人が「光の速度は短縮できる」と言ったので、私も「そうですよね。銀河系を越えると、光は制限が無ければ無限大に走りますよね」と応じたら、びっくりしちゃって「きみぃ、もっと話そうよ」などと言うんですが(笑)、

でもその当時すでに話を聞くのにも相当忍耐がいるような老人だったんです。しかも間に英語で通訳されるから、理解するのに大変なんです。それで用事があるからと断ってしまいました。

今はもう亡くなってしまわれました。いま思えば、もっと一緒に写真撮影をしておけば良かったとか、書簡の往復をしておけばよかった…と(笑)。

日本というのは、そういうところは権威主義ですからね「あなたはすばらしい」「その理論は正しい」という一行の文章があるだけで、お墨付きの天才科学者として日本でも認めてもらえたと思うのですが(笑)…ちょっと悔いが残りますね。

ただ言えることは、旧ソビエトはかなり以前から、ニュートンやアインシュタインの理論を正しいと思っていなかった。だからロケットをアメリカに先駆けて飛ばすことができたんですよ。

ロシアの優秀さというのは、そういう基本的な理論が進んでいることです。

そこで私は「アインシュタインの相対性理論は間違っていますよ」とロシアの自然科学アカデミーで発言したら「あなたが言ったことは、ロシアのエリート中のエリートが気づくことですよ。

あなたはいつ気づきましたか?」

「高校時代です」と言うと、アッとびっくりして「あなたは天才だ」と科学部長から言われたわけですね。

ほんとうに優秀な人とか、天才的な人は、日本の教育システムのなかでは才能を開花させることができにくいので、アメリカなどに行ってしまう人が多い。

戦後の占領教育の誤りが今でもずっと続いているんですね。標準偏差値の弊害です。標準偏差値からちょっとはずれた人は普通として認められない。村八分みたいになる。はずれた人のなかにこそ、新しい発見や価値を創造できる人がいると思うのですが…

たとえば日本はアメリカの属国などとよく言われますが、政治も経済もアメリカの下だと、先のことを考えた優秀な人間は、どんどんアメリカに行ってしまうということがあります。

そうすると、アメリカの民主主義、アメリカの経済、アメリカの価値観はすべて正しいと思い込んで育つので、結果的に、アメリカのために日本を売るようなことも平気でできるようになってしまう。

なかなか認めてくれない国で努力するより、認めてくれる国に行ってがんばったほうがよっぽどいいでしょうからね。

私も自分の能力を活かしたい、人の役に立ちたいと思って努力しようとしました。その過程でいろいろなことがわかってしまった。

この分野というのは、まあ言ってみれば名誉と地位とお金ですね。私は高校を卒業して、そういうものを得ようと思えば、いつでも得られたのだけれども、人道的なほうに向かっちゃった。

つまり自分の開発したものが悪利用されては困ると本当に考えていたんです。つまり、人類は誰に騙され、誰がアメリカをおさえているのかに気づいたんです。

アメリカ自身も実は国際金融グループに牛耳られ、真の意味での国家がないんですね。それはそうでしょう。独立戦争のときから、彼らが介在していたのですから。

そういう世界の中でがんばって認められたとしても、そういう悪魔的な支配者達に味方しているようなものだから、科学を捨て、音楽や芸術の分野に入っていったわけです。

それは私は出した『科学から芸術へ』という本を読めば、わかっていただけると思います。

海外で自分の絵の展覧会をするようになって「なんだ、海外はちゃんとわかってるんだ」ということがやっと証明されたんですね。騙されていない国がロシアだった。

彼らは裏側の真実を知っています。

そしてロシアのエルミタージュ美術館が私の絵を評価してくれたのを皮切りに、政治的にも上の人たちと深い交流を持つに至ったんです。

それでロシアで様々な分野のアカデミーの人から「アカデミーの会員になってくれ」と言われて、私の本領である科学の話もするようになったんです。

というのも、ロシアではアカデミーのメンバーであるというのは、すごく権威があるからです。

※アカデミー:ロシア国立の最高学術機関。ロシア科学アカデミーをはじめ、医学アカデミー、教育アカデミー、農学アカデミー、芸術アカデミーなどがある。アカデミーの会員になることは学者、研究者のとって非常な名誉である。

国家の宝です。国家の宝ですから、逮捕されることはもとより、死刑になることもないとある人から言われました。そのくらい、ロシアでアカデミー会員になるというのは、超エリートという証なのです。

エルミタージュ美術館も、もともとは国家の財産ではなく、エカテリーナ2世女王の私有財産だったものです。それを引き継いだのが「ロシア国立芸術アカデミー」ですから、アカデミーは国家や政府に縛られることがない存在なのです。

私は光栄にも、そのロシア国立芸術アカデミーの名誉会員に、日本人として最初に選ばれました。

ソビエト国立芸術アカデミー時代には、絵画の丸木夫妻、建築では丹下健三さんが選ばれましたが、
どちらも故人となりました。

ロシア国立芸術アカデミーになってからは、一昨年に建築家の黒川紀章さんが選ばれました。

ちなみに、そのとき、さる団体のトップを務める”勲章好きの人”が"写真家”として選ばれたことになっているんですが、その人の証書の日付はずっと後になっているから、ニセ証書もしくは、こっそりと裏口入学と言うのかな、後付けごり押し入学と言うのかな、

だから公式な授賞式も無く、しかもしばらく公式サイトにも名前が載っていないということが週刊誌で騒がれましたよね。

名誉会員は、その国で一部門一人のようですから、その人が死ぬまで、国際的に活躍している他の日本人写真家は名誉会員として選ばれないのです。

そのような不自然な形で、その人がアカデミーの会員になったということで、もっと有能な写真家の方が選ばれるチャンスが閉ざされてしまいました。

悲しいですね。日本の恥だと思います。

余談ですが、その人が不自然な形をとってでもロシアのアカデミー会員になったということは、私への対抗であると、私は解釈しています。

といいますのは、その人は、私が20代前半のときに書いた生命論(一年三千論)を、自分が書いたようにして発表した経緯があるからです。それ以来、彼は私への対抗姿勢を貫いてきました。

それにしても、アカデミー会員になるためにズルはいけないし、私が日本で認められないように妨害するというのも、なんだか大人気ない話だと思います(笑)


船井 そんな人がいるんですか?しかし大丈夫です。これからは、天の理、自然の理がますます優勢になりますから、地の理(自分だけ、今だけ、おカネだけ…という視点での生き方)は、新しい時代の波にのまれて、いやおうなく消滅せざるをえないでしょう。

この世にムダなものを何ひとるありません。すべての存在は、地球や宇宙が生成発展していくプロセスにおいて、何らかの存在意義があるからこそ、

この地球や宇宙で存在することを創造主から許されているのだと思います。そのように悪と見える姿をとっていること自体にも、全体の進化のプロセスに寄与していることが、ままあるのだと私は思っています。

時が来れば、一見「悪」と見えた存在も、その「悪の役割」を終えて改心するでしょう。ともかく、心配は要りませんよ。


五井野 ありがとうございます。

話を続けますと、1995年以降、ロシアの国立エルミタージュ美術館で個展を開くようになってから、今度はGOPで末期患者をラトビアやロシアで奇跡的に治し、ロシアの新聞やテレビで何回も報道されました。

1996年秋には、これは一般に公開されていないことなのですが、エリツィン元大統領の心臓病をGOPで治療しました。その縁で前大統領のプーチン氏と懇意になりました。

もっともエリツェインやプーチンの名前まで出したら話が飛びすぎて、猜疑心の強い人には、もうここで私の話は信用できなくなるでしょう。

でもその証拠がたくさんあるし、それだけではない。ここからが本当のビックリする話だと思うけど、国際問題でもあるから、やはり、もう少し色々な事を述べてからでないと話すのは難しいかもしれません。

またの機会があったら述べたいと思います。でも、これだけは言っておきたいと思います。

真実を伝えようとする人は、一つでも嘘をついたら、全部パーになります。それまで積み上げてきた真実の情報でも、すべてが信用されなくなってしまいます。
ですから、私はそこのところで慎重になりたいのです。根拠なくしゃべっているとおかしく見られますから。証明した範囲で発表していかないと。

現状に不満な人とか、ちょっと異端な人は、びっくりするような情報にとびつくんですよ。しかし、そういう中途半端な情報の出し方をしてしまうと、社会に対して何の影響力もないどころか、かえって変な目で見られてしまいます。

だから、きちっと証明することや根拠を出すことが求められます。本当は正しいことがおかしな目で見られるのは、不本意でしょう。

事実を語るときには、聞く人に不信感を抱かせてはいけません。
ステップを踏んで、事実を与えていかなければいけませんね。


船井 私も同感です。通常流されている情報の中に浸っていると『ザ・フナイ』で発信している内容は「ほんとうかな?」と思うことがあるかもしれません。

だからこそ、情報の発信には、根拠を提示したり、それぞれの情報が世の中に流される意図は何なのかを、明確にしていかなければいけませんね。

ともあれ、今日は非常に楽しかった(笑)
今日は五井野さんの多岐に渡り豊富なテーマを拝聴することに徹しました。そして五井野さんのことが、
とてもよく理解できました。

また今度、いろいろなお話を聞かせてください、たのしみにしています。(転載終了)
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五井野博士と初めて出会ったのは、自分自身が30歳の頃でした。

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まさか一緒の舞台に立って講演会をやるとは思ってもいませんでしたが、五井野博士は、当時まだまだ若輩者であった自分にもとても優しく、面倒も見てくださり、ただ感謝しかありません。

ここ数年、すっかりご無沙汰となってしまっていましたが、最近になって様々なハイテクノロジーの研究機関に行くと、そこで利用されている技術が、五井野博士のナノテクであったり、こうやって水面下で博士の叡智が、しっかり形となって機能し、地球の発展のために役立っている光景を見て、心から嬉しく思いました。

肉体は滅しても、博士の残した叡智、意識の想いは、形を変えて次の世代、広い世界へ伝わって、不滅のまま受け継がれていきます。

自分がもっとも影響を受けたのは、里山での村づくりの構想。

博士が実現したかった世界を自分なりの形で実現していこうと思っています。

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船井幸雄先生と五井野博士を引き合わせた1人である池田整治さん。

五井野博士に負けるとも劣らないほど、ワールドワイドに活躍されている増川いづみ博士。

お二人のお話もまた、とてもブログでは書けないほど、かなり深い部分にまで突っ込んだ話であり、参加された方々もきっと驚かれたことだと思います。

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【0の巻】
銀河系の法華経の行者が、地球という地獄の中で苦しんでいる心ある人々を救おうと降りていったが、逆に邪王によって自らも地獄の中に落とされてしまった。それを察した宇宙の中心者が19××年、地球に降りて来た。そして今、ひとつのドラマが始まろうとしている。儀式を超えた壮大なドラマが地球の日本を中心舞台に始まった。

【祭りの前夜の巻(第1巻)】
美佐子が夢に見、美智恵が捜し見つけた七池。一人の若者が美佐子の前に現れた時、運命の波は二人を呑み込み、そして大きな世界が導き始めた。

【富士は燃ゆの巻(第2巻)】
国土庁の高官が政治生命を賭けて首都移転計画を打ち出すが、総理をねらう若手の政治家は富士噴火説をもって暗躍する。だが誰しも富士が燃ゆるとは思ってもみなかった…。

【東京脱出の巻(第3巻)】
電波望遠鏡によって太陽系連盟人と交信している一群の若者達が東京に大異変が起きるのを知らされる。彼等若者達は人々に気付かせようと努力するが、終に東京脱出を決意する。すると同時に次々と様々な人々が不思議な糸によってだんだんと集まり始める。そして、そこに…。

40年以上も前、五井野正という名を日本に轟かせた名著「七次元よりの使者」

今の時代は便利で、YouTubeで話題の0巻の内容を音読してくれています。





地球の地軸が傾き、地球が静止しようとする場面から始まる第0巻。

このままだと軌道を外れた地球がゼロ次元化し、地球人は生涯夢から覚めぬ地獄のような道を進む危険性があり、そこで太陽系連盟からのコンタクトが入り、土星や金星などの他の惑星から円盤が派遣される。

“ 兜率天より下、夜摩天以下は末世において滅びる事は昔より知られていた事、色界は無情なり。

昔、海王星の彼方からエンマ大王以下十王が第七番目の星地球に植民地統治に来た時以来彼の支配下に置かれた人々は彼と共に滅びる運命にある。

天の水平線より真の親太陽が出現する時、その強い強磁性光線はヨミの支配者達を滅ぼしてしまう。

黄金の光、何と素晴らしい響きなのだろう!

その光によって我々の肉体は再構築される。強い人体磁場を持たないと肉体は原子以下に分解されて消えてしまう。身体中に強いエネルギーが光の振動の如く奮えあがる。

地下王国より真の人類が再び地上に現れ始め、地上天国が再び造られ始める。

何とこの日を私は待っていたのだろうか!

だがヨミの支配者達は彼等が滅びるのを恐れて地球をゼロ次元化しようとする。

彼等は地球の内部においてブラックホールを造りあげ増大させようとしている。

それによって地球支配は続くと思っているのだ。

だが違う。

太陽の極自体が変わってしまった。

勝ったように思えて逆に共に滅びる方向に進んでしまっている。

宇宙の真理に逆行する勝利者は一人もいない。宇宙の真理はそれらのものを始めから無視してなおも永遠に存在する。

だから我々もまた宇宙の真理に従う限り永遠に存在する。

だが今の地球はその時を待たずしてゼロ次元化しようと軌道上を外れる方向にある。

地球の持つ四次元エネルギーは銀河系の外まで拡散されている。

これは地球の中のブラックホールの力を強める事になる。

これはやがて地上の質量を内に陥没させる働きをするだろう ”(【0の巻】より)

“ ピラミッドは地上王国、ヒマラヤのアガールティは地下王国、バーミューダーは海底王国、現代の人々はこれらのカラクリをまったく知らない。

ピラミッドはただのピラミッドではない。

あれは地球上の地上に住む人々の運命を完全に支配している装置なので。

天界人の磁力線攻撃にもびくともしない構造になっている。

ましてや人々がこれを破壊しようとすれば恐ろしい霊的力が働いて地獄の中に落とされる。

あれは王の墓ではない。

物質を制御する三次元コンピューターなのだ。

これを知る者が出てこない限り地球は破滅への道を歩む。私が待っているのはこの人なのだ ”(【0の巻】より)

「十番目は天と地、つまり、天界と地獄との境目であり、その時もいよいよ近づいている。それは都市の機能そのものが限界にきている事からもわかると思う。
それゆえ、先ず我々から時間を超えて、この都市王の支配から抜け出し、さらには地獄の都市と化すこの東京から脱出する………つまり東京脱出をするのだ」(【東京脱出の巻(第3巻)】より)

いよいよ2020年以降、七次元よりの使者「第3巻」のような世界、地獄の都市となった東京から人々の地方回帰が始まるのでしょうか。

地球の未来、宇宙の果てまで見てきた五井野博士の近未来予測。

長崎と広島、今から70年以上も前、地球でついに核兵器が使われ、その光を宇宙から見ていた五井野博士は、地球に降り立つことを決めたそうです。

今回が初上陸&初体験だった地球、博士は地球での過去生を持たない地球人としても知られています。

「あんな惑星二度と行かない」

もしかすると、そんなことを今は言っているかもしれませんが、少しでも地球生活を楽しんでもらえていたのならいいなって思います。

また宇宙のどこかで逢える日まで。ご冥福をお祈りいたします。