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3月16日は、都内にて鳴海周平さん、山梨浩利さん、大橋智夫さんの新刊本「超快眠! CDブック」の出版記念講演会へ参加してきました。

この「超快眠! CDブック」は、まさに

「見るだけ、聴くだけで快眠」

という楽チンな安眠法。

でも、これはセミナー中に鳴海さんも言ってましたが、快眠と表現したものの、実際は

「見るだけ、聴くだけで簡単に覚醒」

するCDブック。

もう、時代は厳しい修行・苦行の時代ではなく、いかに楽(ラク)して覚醒するかの時代です。

「ただ、思い出すだけ」

山梨先生も仰ってましたが、もう覚醒を目指すのではなく、ただ思い出すだけで人は瞬時に本当の自分、目覚めた自分に戻れる時。

自分自身もまったくの同感。

途中、飛び入りゲストということで少しだけお話をさせて頂きましたが、そこでお伝えしたのは

「終点“覚醒”行きのバスは、1人ひとりの前にすでに停まっており、あとは乗って委ねて、ボーとしているだけで気付けば覚醒します」

ということ。

もちろん1つの例えですが、苦行の時代が終わった今、覚醒を目指せば目指すほど、修行すれば修行するほど覚醒は遠ざかる皮肉な現実があります。

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滝行して念仏を唱えているうちに、目の前に停まった「覚醒行き」のバスは、ブーンと静かに走り去っていきます。

同じように、瞑想そのものは人生をより良く過ごすための素晴らしいツールですが、覚醒を目指してただ瞑想しているだけでは、目を閉じている間に覚醒行きバスが通り過ぎて行ってしまいます。

「お客さん乗らないの??」

今は誰もがもれなく、自分の目の前が覚醒行きのバスの停留所となっているのに、目の前にバスが停まって乗車の声をかけられているのにも関わらず気づかない状態。

とはいえ、滝行や苦行が決して必要のないものとは思いません。

ただ、意識の変容や覚醒をするには、もっと他にも方法があるでしょうし、また覚醒にだけ囚われてしまって修行にのめり込んでしまい、現実生活がままならないようでは、元も子もないように思えます。

自分の知る限り

「私は修行しています」

と豪語している人ほど、素人の自分から見てわかるほど精神的に未熟な部分が目立ったりもしています。

覚醒を目指す行者に限らず、スピリチュアルもまた同じ。

「私はライトワーカーで地球と一緒にアセンション(次元上昇)を目指しています」

そう語るヒーラーやサイキックの人も多々見てきましたが、言っていることとやっていることが伴っていないケースも多々あり、

「これでアセンションを目指せるの??」

と首をかしげることも度々。

スピリチュアルもリアルの現実もすべて表裏一体であり、スピリチュアルを知ったり、探求する上で、現実をより良く生きて行くのは、これからの時代は追い風ですが、スピリチュアルに偏り過ぎると、今は向かい風の時代。

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この日、登壇された講師の皆様は、どの方もその分野においては超一流の方々であり、超一流のオタクであります。

みなさん、とても緩く、いつもニコニコ笑って、修行とは縁遠いフニャフニャなタイプですが、自分自身の専門分野になったら途端にチャンネルが切り替わり、キランと目が光ってオタクっぷりの本領発揮となります。

こういった天才と呼べる方々に共通するのは、とってもピュアで素直なところ。

自分が好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、興味のあることはとことんのめり込むタイプであり、そのワクワクしながら時間も忘れてのめり込むことが、きっと結果的に修行となっていて、気付けば覚者と呼ばれるような存在になっていたのだと思います。

今の時代の本当に効果的な修行は、岩の上に座ったり滝に打たれるだけでなく、自分の心の声に従い、大好きなことに没頭することなのかもしれません。

いずれにしても、覚醒行きのバスはもういつでも目の前にやってきます。乗るか乗らないかは自分次第で、あとは委ねるだけ。

楽チンな時代になりました。