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《“やつは”メールマガジン(NO.294)》( 2018年4月2日 号 )
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今日の小言 「大阪にいた23歳の頃」
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<大阪で始まった社会人生活>

ただいま大阪の街の中にいます。

4月2日の月曜日。

ビジネス街は、ピカピカのスーツを着た男女の若者の姿を多く見かけます。

2018年度の新社会人にとって、本日は入社式の企業が多いようですね。

やつははベンチャー企業なので、中途採用が中心ですが、今後は若い人たちにも
どんどん八ヶ岳に移住、お仕事を一緒にやってほしいので、新卒や第二新卒は今年から考えていこうと思っています。

それにしても、新社会人の入社式のタイミングに大阪に来ているのも何かのご縁。

友人の結婚パーティーにお招きされて、急遽昨日から訪れていたのですが、大阪は自分にとって社会人の始まりの場所。

あれはもう、2005年の頃ですから、今から13年前でしょうか。泰平さん、22歳の若かりし頃。

旅行業界では大手に入る日本旅行という旅行代理店で内定となり、東京で採用されたのですが、まさかの配属は未知なる領域の大阪。

大阪の中でも一際厳しいと言われていた御堂筋線の本町駅の営業支店から社会人生活がスタートしました。

「えっ?大阪??」

関東採用の人の多くは、基本的には関東方面での配属なのに、なぜ自分は大阪!?

入社式の後の新人合同研修所にて、同期60人ほどが、順番に配属が発表される中で、最初耳を疑いました。

「いやいや、彼女だって東京にいるし、友人も家族も・・・」

そんなこと考える前に、うむも言わさず配属が決まったら、すぐに大阪勤務へ。

修学旅行も行ったことのない自分にとって、大阪は大学生の頃に車の免許を取って1度だけ遊びで数日訪れたことがあるくらい。

その時は観光気分で、新鮮な関西弁、関西文化に触れて楽しんでいましたが、いざ住むとなると話は別。

「出身は東北、育ちはモロに関東の人間、、、馴染めるかな・・・」

そんな不安に駆られながら訪れた大阪は、もはや自分にとっては外国に配属された気分でした。

やはり、最初に大きな壁となったのは言葉。

なかなか関西弁のリズム、イントネーションについていけず、最初の半年ほどは戸惑いました。

また、日常的に使われる

「アホ」

という言葉もまた、自分のコミュニケーションボキャブラリーにはないセリフだったので、その言葉の意味、使い方、タイミングなどを掴むまでも少し時間がかかりました。

とはいえ、元来人間観察が趣味のようなところもあり、日々研究しているうちに関西の文化、関西人の特徴、リズム、周波数も掴むようになり、すると、途端に外国暮らしの雰囲気が一変、とてもアットホームな故郷のような雰囲気になりました。

むしろ、人情の深さについては、関西人、大阪の人々は本当に温かい人が多く、よくも悪くも気にせずに人の心の扉を勝手にこじあけて、土足で踏み込んでくるので、この人と人の「近さ」には驚いたとともに、なれるととても居心地が良かったものです。

その感覚に慣れて東京に戻ると、確かに東京の人は

「冷たい、無関心」

というような印象を受けます。もちろん実際はそうでなくても、関西周波数に慣れるとそう感じました。


<スピリチュアルな目覚め>

さて、実際の大阪社会人生活はどうであったか。

これは大阪に限らず、従業員5000人ほどの大きく、また創業100年の古い体質の会社であったので、
自分にとっては地獄にほかならず、大阪自体は楽しみましたが、社会人生活のスタートは最悪でした。

そもそも枠にはめられることを異常に嫌うのに、真逆の環境に置かれていたので、毎日がストレスでしかありませんでした。

そんな中、よりによって意地の悪い上司に恵まれ(?)、毎日のように怒られ、いびられ、散々な目にあってましたが、自分の中では鼻から終身雇用の意思もなく、独立して自由に生きるための社会勉強として割り切っていたので、何を言われようが、深く落ち込み、鬱になるようなことはありませんでした。

「社会なんて、所詮こんなものか」

会社の奴隷となり、上司の顔色を伺い、部下を威圧する愚かな社員を横目に見つつ、自分の中で仕事は仕事、プライベートはプライベートで、その頃より仕事以外の時間は精神的な世界の探求に入ったと思います。

これがもっと会社も面白く、のめり込んでいたら何も考えずにサラリーマン生活を続けていたこともあったかもしれませんが、幸いにも絵に描いたようなひどい環境であったので、早々から人生について、人間について、社会について真剣に考えるようになりました。

その頃、得にはまっていたのが、オーラ視トレーニング。

これは、学生時代の後半から、人間の超能力開発に関心がいき、そこで右脳トレーニングによって、左脳の100万倍以上の能力を持った眠れるスーパーコンピューターである右脳が活性化すると、人は潜在能力を発揮して、未知なる力を使いこなすことができ、その1つに人の周囲を取り巻くエネルギーフィールド、オーラを視ることができるとあったのです。

そこで右脳開発の本やDVDを見ながら、日々暗闇の中で、自分自身のエネルギーフィールドを観察する実験をしていました。

23歳の頃・・・。同僚達が、やれ飲み会や合コンで浮かれている頃、なんともオタクで残念な若者です。

すると、少しずつ少しずつ、自分自身のオーラが見え始め、また一方で右脳トレーニングを続けていると、不思議なビジョンをよく視るようになりました。

その頃から目に見えない世界への探求はどんどん進み、ヒーラーという言葉や、ヒーラーの技術も研究し、また現在人間抱えている様々な心身の問題、体の不調だけでなく、メンタル面の不調においても独自の視点で探求し、精神医学の参考書も山ほど買いあさって研究してました。

もはや旅行代理店での勤務が趣味の一部で、本業は自分の興味あることの探求となっていました。

オーラをはじめ、エネルギーの探求をしていた自分にとって、現代医学は極めて部分的な一点のみしか見ていない不完全な対処療法であり、心の病もまた、霊的なエネルギーとの関連性を決して無視できないもので、その答えを探す勉強ばかりしてました。

結局、立派な学術書は何の役にも立たない知識ばかりであり、本屋さんに行っても、当時は「精神世界」「超心理学」といったマニアックなコーナーにしか足を運ばなくなります。

やがて、人間の探求をしているのが、いつの間にか宇宙の探求にもなっており、どれも切っては切り離せない一体となっていることに気づき、ますます現実生活よりもスピリチュアルな世界にハマっていきます。(続く)


せっかく関西に来ているので、少し足を伸ばして和歌山県橋本市にある「ゆの里」へ。

今となっては、世界最先端の水の研究、水の情報が集まる、水の聖地であるゆの里。

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ついに、ゆの里にも水の奏でる癒しの楽器(装置)「水琴」が設置されていました。

水の神セオリツヒメ、桜の神セオリツヒメ。

これから吉野の千本桜へ。