モンゴル6日間の旅を終えて、ご一緒した新月紫紺大先生、長典男さんとの座談会。

取り急ぎダイジェストをアップしますが、近日中に全編公開するのでどうぞお楽しみ。

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今回の座談会でも出てくるのですが、モンゴルの旅で感じた大きなテーマは「 2つのモンゴル」でありました。

日本の国土の4倍の面積があっても、人口はわずか300万人のモンゴル。

ただし、その半分の人々が、首都ウランバートルに集まってきており、100年前は小さな街だったウランバートルは、今は建設ラッシュで猛発展していて、おそらく数年前にウランバートルを訪れた人は、今はもうまったく別の姿になっているでしょうし、また数年後に訪れたら、今とはまったく違う姿になっていることでしょう。

急速に文明化が進み、大都市化がはじまっている首都ウランバートル。

これもモンゴルの1つの顔です。

一方で、一歩都会を離れると大草原、その先は大砂漠のモンゴル。

そこでは、今でも遊牧民の生活を営んでいる人が大勢います。

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3000年以上も前から、モンゴルの地には遊牧民がいて、今と変わらずゲルによる移動式住居の生活をしていました。

遊牧民の生き方、遊牧民の哲学、そこには現代モンゴルだけでなく、現代人類全体にとって今、必要な叡智がたくさん詰められてることを現地に行って知りました。

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モンゴルの伝統衣装の中に靴の先が反り上がって曲がっているものがあります。

これには寒さ対策や馬に乗りやすいなど様々な理由がありますが、最大の理由は

「大地を傷つけない」

という遊牧民の哲学からきているもの。

狩猟民族でも農耕民族でもない遊牧民族は、自分たちの意思・意図を持って生きるのではなく、飼っている羊や山羊が、草を求めて向かうが先にただついていく生き方を古代から続けています。

動物たちの命をつなぐ大地は、モンゴル人にとって神そのもの。

その大地を削って傷つけないよう、モンゴルの靴は先が曲がっていますが、同様な考え方として、遊牧民は大地を耕すという農耕民族の道を歩みませんでした。

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人類の歴史は、畑を耕すようになり、定住し始め、やがて村ができ、長(酋長)が生まれて権力構図が始まり、やがて対立から他の村、地域を侵略するようになり、国が生まれて王が誕生し、その延長線上に今の文明社会、近代の大都市化があります。

もちろん、縄文古来からの村社会は長がいても調和のあった時代も長くあったでしょうし、他の先住民族も同じような調和世界を保っていたのでしょうが、どこからか農耕民族の中で領地を広げたり、好戦的な民族が出てきて、農耕民族の方向性は大きく変化していったのだと思います。

小さな村でいるうちは、GIVE&GIVEや物々交換でうまく循環していたのも、村の規模が大きくなればなるほど通貨の概念も必要となり、やがてお金の世界は近代に入って完全にねじ曲がってしまい、紙が神となって、それが原因で人が殺されたり、戦争にまで発展する世界となっています。

そのすべての原点は村から始まった。

遊牧民には所有の概念もありません。

どこまでが誰の土地もなく、だからこそどこにでも移動してゲルを作り、また自分たちが使っていない間でも、誰か他の遊牧民が自分たちのゲルを勝手に入って、料理したり、寝ていったりすることも当たり前。

定住すること、所有することから始まり、大地を耕すことから今の文明社会の原点が始まったともなれば、遊牧民が3000年以上も経って変わらず同じスタイルを貫き通しているのは、何か大事なメッセージのようにも感じます。

文明人からみれば原始的な生活をしているようですが、ある意味最先端の生き方をしているのかもしれません。

変わっていく時代に3000年以上も変わらず、何より継続できていることは、遊牧民は、地球の循環システムに同調しており、すべてを委ねきって生きています。

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首都ウランバートルは、古代からの遊牧民生活とは180度真逆である、農耕民族の定住から大都市生活への道を進んでおり、その勢いは半端ではありません。

ここ200年の文明の進化の縮図のように、この20年でモンゴルは大進化を遂げてきましたが、大都市、中央集権化された社会の先はもう道がなく、どこかで大きく方向性をシフトしないと、このままでは文明社会そのものは継続できません。

農業を主体とする自給自足の生き方。

都市生活を危惧し、自然農をはじめとする自給自足の村社会の構築を目指していましたが、そのスタンスは今も変わらずとも、ここに遊牧民の叡智を統合することが求められているように感じています。

農業も地球の視点からみれば自然破壊。

とはいえ、今から全員が遊牧民や原始的な生活に戻るわけにもいかず、今の文明社会のスタイルのまま、人類が生きて行く中で大地、空気、自然を傷つけず、むしろ動植物すべてを繁栄させていけるような役割が求められています。

人間が生きること、増える、生活することで地球がよくなっていくこと。

それが地球人としての役割と使命であり、小さくても良いので、その雛形を八ヶ岳では実践していこうと思っています。

何はともあれ、モンゴル紀行の座談会。どうぞお楽しみ。