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[新装版]謎の出雲帝国 天孫族に虐殺された出雲神族の屈辱と怨念の歴史
【内容紹介】
四千年の歴史を脳裏にきざんだ
オオクニヌシ直系のカタリベが出雲王朝の封印を解く!
そこに時間というものは存在しない、あるのは空間のみ、
いまだに古代史の世界が存在している…

待望久しい幻の名著が38年の時を超えて復刻!

~出雲神族・天孫族・ヒボコ族、この三者の結合・離反・対立・闘争を調べれば、おのずと古代史の謎が解けてくる~
・日本の裏面史の研究にかかせないヒボコとは?
・蘇我入鹿を誅殺したのはヒボコ系の暗殺団!
・記紀に書かれた天皇の行動は、すべて天皇自身のものであったのか?
・奈良朝ごろまで各種族間に通じる言語はシュメール語であった⁉︎
・出雲神族は遙か彼方オリエントの地からやってきた!
・天孫族は敵に酒を飲ませ、音楽を聞かせ、油断させた上で、残酷なやり方で殺していく…
・出雲神族は天孫族によりほとんどが殺され、絶滅状態に…
・出雲神族は反体制に徹する!
・種族が違うことによる違和感、闘争による怨念はなかなか消えない…

~出雲神族は不思議な種族……どんなに混血させられても絶対に同化しない~

・熊野大社 対 神魂神社、出雲では現在でも敵対関係が続いている
・いつしか神々の承認は天孫族の承認へと変わってしまった…
・出雲神族ほど朝鮮系の渡来人を嫌う種族はいない。
・出雲神族はシュメールを追われ、インド→ビルマ→タイ→中国江南→朝鮮→ロシア→カムチャッカ半島→千島列島→北海道→出雲へと渡来した⁉︎
・出雲神族の葬儀は風葬と水葬で行われた
・継体天皇は、昔から謎の天皇とされてきた…
・武烈天皇で神武王朝は断絶。国は乱れ、出雲神族は頼まれて天皇を出した
・継体天皇~宣化天皇は出雲神族であった



今年の大きなキーワードの1つとなっている出雲族。そしてスサノヲ。

インド、タイ、モンゴルといった出雲族のルーツを辿る海外の旅が続いていますが、そんな最中に出雲史について、かなり踏み込んだ内容が書かれた名著「謎の出雲帝国(著・吉田大洋)」が、新装版となってヒカルランドから出版されました。

もともと徳間書店から1980年に出版されたものなので、38年前の本ですが、改めてその内容を確認すると、38年も前に、ここまで出雲について書かれた本が出ていたとは、当時はトンデモ話として処理されないと、まだかなり危険のあった時代であったと感じます。

なぜなら、出雲の真実を突き詰めれば突き詰めるほど、今の日本、今の天皇家そのものを否定せざるを得ない情報や不都合な史実が出てきてしまい、時代によっては、その研究をする者、発信をするものは不敬罪として逮捕、暗殺されてもおかしくはないからです。

日本の歴史の中のタブーの1つ、出雲の真実。

すべてが真実かどうかわかりませんが、本著には、これまで学校はもちろん、一般的な出雲神話・史実とも違った様々な情報が掲載されています。

その中で、なんといっても注目なのが、4000年前の出雲王朝時代から現代にまで生き延びてきた大国主直系の一族「語部(かたりべ)」による、一族の歴史情報が出ていることです。

「謎の出雲帝国」の冒頭は、当時に女性自身という週刊誌に掲載された出雲王朝末裔のインタビュー内容が転載されています。

それは、以下のものですが、まるでサスペンス小説さながらの内容であり、これを読むだけでなんだかドキドキしてきます。

シリーズ人間「4000年のタイムトンネルに生きる男」
黒人作家が自分の祖先を約227年、アフリカまで遡った『ルーツ』が世界中の話題をさらっている。一方、日本には、4千年の歴史を伝える“語部(かたりべ)”がいまも存在しているという噂を聞いた。

事実ならばその人は日本の“根”を知っているはず。

記者の前に現れたのは、意外にもモダンな老紳士だった。富當雄さん(67才)、元サンケイ新聞編集局次長。じつはこの人、出雲王朝4千年の歴史を継ぐ、大国主命直系の子孫だという。しかも古代王朝の史実を、先祖から代々、口づたえに伝承してきて、その詳細を全部、脳裏にきざみこんでいる。

カタリベ(語部)というものを、あなたは知っているだろうか?

遠い上古、私たちの祖先が文字を知らなかったころ、氏族の歴史は“カタリベ”とよばれる人によって、記憶され、口から口へ語りつたえられてきた。

日本の神話『古事記』は稗田阿礼(ひえだのあれ)というカタリベが物語ったものを、漢字で記録したもので、和銅5年(西暦712年)のこと。漢字が輸入されてから、カタリベの必要はなくなり、当然、そうした慣習も人も消え失せてしまった、、、と、誰もが思っていた。

ところが昭和の現代、なんと、4千年来の歴史を文字にせず、脳細胞の中に封じこめて生きている人がいたのだ。富さんのその生涯を決定づけたのは、いまから52年前、16才のときのことである。

この年、彼は大分地方裁判所の判事だった父のもとを離れて、本家の富饒若さんの養嗣子になった。そして迎えた最初の冬、12月下旬のひどく寒い夜であったという。

「當雄、風呂場で身を清めてきなさい」

養父が命じた。いったい、なにがはじまるのか?

尋ねようと思ったが、養父がいつになく厳しい形相になっているので、声も出ずに、風呂場へはいった。

全身を入念に洗い清めて、水をかぶってあがると、白い麻で織った衣服がそろえられていた。それは埴輪などで見たことのある古代服で、素肌にまとうと、麻のざらつく感触が、不意に彼の心を現世から引きはなすようだった。

養父に従って、ハダシで玄関へおりた。養母が祈りをこめる目で彼をみつめ、火打ち石を鋭く鳴らした。切り火で清められた彼と養父は、お供の下男がかかげる提灯(ちょうちん)のあかりをたよりに星も見えぬ藪の中の細い道をたどった。

出雲大社の東、宇伽山のふもとにある出雲井神社まで約15分、一言も口をきかず、ただ一心に足を速めた。出雲井神社は、竹藪の中にひっそりと忘れられたように建っている4メートル四方ほどの小さな社だ。だが、ここには富家の遠つ神祖(かみおや)、久那戸(くなとの)大神が祀られている。久那戸大神は、日本列島を産み出したもうた伊奘諾、伊邪冊の大神の長男。つまり出雲王朝の始祖なのである。

社殿の階(きざはし)に、葦で編んだ敷きものがひろげてあった。中央には塩が盛られ、養父は左に、16才の彼は右に正座して相対した。下男は帰された。まっくらな闇の中に二人きり、簸川平野をふきぬける寒風がごうーっと竹藪をゆすってゆく。彼はガチガチと奥歯を鳴らし、息をつめていた。

・・・と、父が口をきった。

「これから語ることは、わしが言うのではない。神祖さまがおっしゃるのだ。心して聞け。そして、しっかり覚えよ。いずれ、おまえが子に伝えるまで、たとえ兄弟たりとも他言無用。いのちにかけて、これを守れ!」

父の声は、日ごろのものとは一変して、現世ではない遠い世界からひびいてくるかのようだった。その声を耳にした瞬間、彼の震えはぴたりと止まった。全身が緊張で熱くなり、脳髄が研きあげられたかと思うほど澄みきった。

日本列島に人間が住みついたのは1万年前か、6、7千年前か、考古学の上ではそれすらはっきりしない。だが、富當雄さんは、4千年前から口誦伝承されてきた祖先の生きざまをこの夜から10年間にわたって、連続反復して、養父から聞かされたのだった。

それは、神と人とが対話する形式で語られた。質問はゆるされない。疑問を抱くなどはもってのほか。養父の言葉を、そのまま一語も洩らさず丸暗記するのである。

彼の脳裏にきざみ込まれた出雲王朝から現代に至るまでの富家の歴史は、悲惨この上ない血みどろの物語だった。そして確かにこれは、他人には絶対に語れない内容であった。

なぜならば出雲族は天孫族(天皇家の祖先)と長い闘争のあげく、帝位を奪いとられて、徹底的に滅亡の道へ追いやられたからだ。

その屈辱と怨念の歴史を、どうして天孫族の支配がつづく世の中で、口外できるだろうか。ただひたすら、親から子へ、子から孫へと語りつたえて、いつまでも忘れずにあれと願うほかはない。

しかも、この伝承者に選ばれた者は、獣肉を口にできなくなる。また、自分の跡継ぎ以外は肉親であろうと“敵だ”と思わなければならなかった。いつの世でも、親類縁者がもっとも危険な敵となるからだ。

富さんは言う。

「私にとって、女房は他人です。娘が結婚して、もうじき孫が生まれますが、私は娘夫婦の家を訪ねたことがない。訪ねてはいかんのです」

記者は、この人が出雲大社の裏手、稲佐浜に立ったときのすさまじい表情を思い返した。夏は海水浴場として賑わうその浜は、神話の“国ゆずり”の場として有名だ。

天孫族の大軍団から使者として来た武甕槌命(たけみかづちのみこと)が、この砂浜にホコをつき立て、「否(いな)、然(さ)」(イエスかノーか?)と迫り、この談判で出雲大帝国の王、大国主命は降服を決意したという。

富さんは、旅館の番傘を手にして、雨けむる浜辺に立った。すると、それまで柔和だった顔が、見る間に紅潮して、眉がつりあがった。

「ここへ来ると、血が逆流する。2千年前、ここで私の祖先がッ・・・」

うめく声がふるえ、語尾が口の中で炸裂した。

この瞬間、富さんは時間も空間も躍り越えて、まちがいもなくタイムトンネルの中へ突入したようだった。

「私の先祖は、侵略者の目の前で、抗議の自殺をしたんだ。ここでだ、ここで!」

社会のはげしい動きを追って、それを文章にする新聞記者であり、局次長にまでなった富さんは、つまり活字文化の先端を歩んでいたわけだ。それなのに、なぜ伝承したものを文章化しないのか。

「文字は、ただの記号です。本当の感情を伝えることができるものは肉声しかない。しかも文章にして残せば、敵方に奪われ、迫害され、その記録を焼かれ、書きかえられてしまうおそれがある」

彼の情熱の源泉は、つねに「おれは滅亡させられた王者の末裔だ」と思うことにあった。大国主命から出雲の国を奪った天孫族は、大国主命の血筋を完全に寝絶やしにするため、どれほど苛酷な迫害をくり返したことか。

簸川郡富村に、富家の先祖を祀った富神社がある。その紋章は、亀甲のなかに大根が2本、交差した図柄だ。荒れ果てたその社殿の前で、富さんは大根の紋章を見つめた。

「うちの紋章は、亀甲の中にホコが2本、交差したものだったのです。それを貞観2年といいますから、平安時代に大根に変えさせられたんですよ、ときの権力者にね。ホコは王権の象徴ですから」

紋章ばかりではない。富という性まで変えさせられた時代がある。大社の町の旧家では、富さんのことを、「向(むかい)さん」と呼ぶ。平安時代から明治維新まで、富になったり向になったり、合計11回も家名を変えたものだという。

「敵の力が強いときは、向になるんです。情勢がよくなれば誇りをもって富に戻す機をうかがって、流れに逆らわずに生きる。これが出雲人なんですよ」

先祖の中には、毒殺された者が数名。つい数代前の当主は、迫害から身を守るために狂人のまねをした。

作家の司馬遼太郎氏は、つぎのように言う。

「私もサンケイ新聞の記者だった時代、富さんは大先輩でね。出雲王朝の末裔だという話を聞いたことがあります。じつにロマンチックですよね。実証は不可能ですが・・・」

まるで映画のワンシーンのような内容ですが、これはまぎれもない真実の話。

出雲王朝の直系である富當雄さんは、当時67才であり、この本が出版された9年後の1989年に他界されています。

そして、出雲王朝の史実のバトンは、その息子さんに引き継がれ、その時の富當雄さんの遺言は

「真実の出雲史を普及させてくれ」

というものだったそうです。

そこで息子さんは、静岡県の大学教授として普通の生活を営んでいましたが、定年よりも早く退職し、出雲史の真実を普及するために出版社を立ち上げて、本の出版をはじめました。

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ペンネームを“斎木雲州”として自らペンを握り、いくつかの出雲史に関わる本を世の中に出ました。

その中で上記の「謎の出雲帝国」についても触れていますが、これについては著者の吉田大洋氏が、シュメール文明と出雲のルーツの自説のために父の情報が使われたとも書かれており、困ってしまったと書かれてもいます。

ただ、いずれにしても今の天皇家のルーツである天孫族よりも前に、出雲族がヤマトの地で王朝を築き上げており、その出雲族のルーツは古代インドからやってきているのは間違いないようです。

日本にやってきたのは、3000年以上前であり、インドに出雲族がいたのは軽く3500年以上も前のことのようです。

古代インドの先住民族であるドラヴィダ人の言葉は、日本語のルーツとも言われていますが、古代インドで農耕を営んでいたドラヴィダ族のところに、西北から戦闘民族アーリア人が侵略して来てしまい、土地を奪われたドラヴィダ人、またクナ地方を支配していたクナト(熊野)王は、東方の楽園に移住することを決意したそうです。

ちなみに、吉田大洋さんの説だと、このドラヴィダ人のルーツはシュメール人であり、彼らは龍蛇族であるとしています。

龍神・蛇信仰の民族。

一方のアーリア人などは、牛を信仰する牛族であり、一般的に出雲の王と言われるスサノヲは、実は牛族であって、クナト王を祖先とする出雲族のルーツとは別で、後から朝鮮半島より渡ってきた牛族とされています。

スサノヲが出雲統制をするよりも前より、出雲族は日本に入っており、争いもなく農耕をしながら縄文人と同化していったようです。

学校の教科書では、縄文時代が長く続いていて、そこに渡来人から弥生文明がもたらされて・・・と、かなりあっさりと日本の古代史の大事な部分が飛ばされてしまい、気づけば紀元後、卑弥呼の時代から大和朝廷の設立、そして現代の日本が繋がってしまいます。

縄文から弥生時代、そこに現代の日本にとって不都合な歴史が多々隠されており、出雲族1つにしても、いくつもの渡来民族のタイミングがあって、その都度、時の権力者によって歴史が作られてきたようです。

スサノヲもまた、先住出雲族や縄文人からすれば侵略者のような一面もあり、大陸から様々な叡智や技術ももたらしましたが、同時に現代文明にまで伝わる男性性主体の王権文明を構築した大元でもあります。

そのスサノヲ出雲の歴史もまた、途中からやってきた天孫族によって消されたり、書き換えられたりと、日本史の真実は、非常に複雑になっているようです。

これに古代ユダヤ(十支族)の歴史までくっつくと、より複雑になってくるでしょうが、恐らくある時点のおいて、バラバラであった、それらのキーワードがぴったりと1つに繋がって日本の真実が明らかになるとは思います。

そこには、この地球を舞台に日本を中心とした驚くべき民族の移動と融合、そして争いのすべてが組み込まれていることでしょう。

斎木雲州さんは、今も現存して、父からの遺言である出雲史の真実を普及するための活動をされていると聞きます。

いずれの本も、興味のある方にとっては、とても参考になる情報ばかりなので、新装版の「謎の出雲帝国」も含めて是非機会があればご一読ください。

絶版となっているものもあるので、やつは店舗の休憩スペースの本棚にはこれらの本は置いておきます。


<イベント情報>

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▶︎ 八ヶ岳移住セミナー(6/30)

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