不明男児を発見した男性 「罰を受けても直に家族にお渡ししたかった」
 山口県周防大島町で行方不明になっていた2歳の男の子を発見した捜索ボランティアの男性が15日午後、報道陣の取材に応じた。

 発見したのは、大分県の尾畠春夫さん(78)。「学歴もない何もない人間だが、65歳で鮮魚店を辞めて、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと思ってきた」と、全国各地で車中泊しながらボランティア活動を行ってきたという。

 今回も広島県でのボランティアを終え一時帰宅していたが、報道を見て昨日午後に現地入りし捜索に当たっていた。「大分の佐伯で2歳の女の子を探した経験から、下るということはないと思っていた。不思議なもんで、子どもっていうのは、上に上がるのが好きみたい」と話し、今朝は家族から行方不明になった場所を聞いて、「絶対この上にいるなと確信した」という。

 そして尾畠さんが理稀ちゃんの名前を叫びながら、曽祖父の家の北側にある山を700メートルほど登っていたとき、「おいちゃん、ここ!」という返事が聞こえ、沢の苔むした岩の上に座っている理稀ちゃんを見つけたという。

 「一瞬、心臓が止まりそうな感じがした。近づいて、"頑張ったね"と言って、飴の袋を取り出したら、袋ごと取って手を突っ込んで開けようとした。自分では破れなかったから、開けて渡してあげたら口に入れて、途端にガリガリと噛んだ。この声の出し方、飴玉を袋ごと取って口に入れる様子を見て、これは大丈夫だなと思った」。

 家族に対し「私が抱きしめて直にお渡しします」と約束していたという尾畠さん。「口約束も契約。警察が"渡してください"と来たけど、"イヤです"と言った。言うたことは守る。なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない。理稀ちゃんの顔を見せたときは、お母さんはもう声が出なかったな。あの嬉しそうな顔は、一生焼き付いて離れんだろうな」と振り返り、「人の命って重いから、何かお手伝いさせてもらえいたいなと思って参加した。尊い命が助かってよかった。"おいちゃん、ここ"と言った時は嬉しかった」と涙を浮かべていた。

 記者に座右の銘を尋ねられた尾畠さんは「朝は必ず来るよ」と答え、理稀ちゃんには「人の痛み、悲しみのわかる人間になってくれたら」と話していた。(転載終了)

どんな演説やセミナーを聞くよりも、このおじちゃんの30分のインタビューを聴く方が人生のためになると言っても過言ではないほど、是非見て頂きたい見事なインタビュー。

今回の2歳児行方不明騒動を終息させた救世主として、瞬く間に全国に名が広がっているボランティア活動のレジェンド尾畠春夫さん。

「2歳児が行方不明」

このニュースを知った時、多くの人が最悪の事態も想定していたかと思いますが、それでも懸命の捜査の中で遺体が発見されない中、自分自身もずっと祈る気持ちで無事に発見されることを願っていました。

こんな時、普通は遠くから祈ることしかできないものの、尾畠さんは、新聞の朝刊で「まだ見つからない」ということを知ると、そのまま大分から飛び出し、自らボランティアで救出活動に参加するのでした。

そして、山に入ってわずか20分で発見。

まさに神がかり。

DknObotU8AAbYno

インタビュー中にトンボが手にとまるなど、もはや生き神ともなっている尾畠さんですが、一体どんな人物なのか。

65歳まで個人でやっていた鮮魚店として一生懸命働き、65歳の誕生日をきっかけに仕事はきっぱりやめて、そこからの人生は、これまでたくさん人々の世話になってきたので、恩返しをする人生を歩もうと決めたそうです。

78歳となるまでの13年間、ただひたすらボランティア活動に明け暮れる日々であり、2011年の東日本大震災の際も、震災のあった17日後には、現地入りをして、がれきの中から遺品探しなどをするボランティアのリーダーとして、500日間も滞在していたそうです。

つい最近の西日本豪雨でも、広島の呉に足を運んでは、床下の泥掃除を朝から晩までやっており、そしてボランティア活動中は、常に車中泊。

インタビュー映像をみても、78歳とは思えないほど元気で若々しく、今でも毎朝8km走っているとか。

まさにスーパーじいちゃんですが、何よりもカッコ良いのが、今回の行方不明児の発見と引き渡しのエピソード。

通常、行方不明の子供を発見した場合は、ルールとしては最初に警察に引き渡さなければいけないのが、尾畠さんは、救出に向かう前に、

「私が抱きしめて直にお渡しします」

と家族に約束をしたので、警察に引き渡しを迫られても堂々と拒否をし、約束通りにまず最初に家族に引き渡しました。

「なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」

自分が罪になって罰せられようとも、約束したことは守る。

もう男の中の男であり、自分も定年後に限らず、今からでもこんな人間を目指したいなって思いました。

少子高齢化社会の日本。

定年を迎え、新たな人生をどう生きるかを考える人も毎年増えてきていると思いますが、こんな生き方を突き通している人もいると知ると、それは大きな刺激になると思います。

自分たちの世代でさえも、このインタビューを見るだけで受け取るものは多々あります。

自分自身の老後を考えることはまだ先のことかもしれませんが、できれば尾畠さんのように、元気で健康的な状態を保ち、自分ができることで世の中のために貢献し続ける人生を歩みたいと思いました。

それにしても、自分の身の回りでも、やはり“この世代”はもっともパワフル・・・。

戦前、戦後あたりに生まれた方々のエネルギーは、底知れないものを感じます。