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成田からイスタンブールまで12時間。

さらにイスタンブールから2時間かけて、ようやくたどり着いたアジアの西の果てイスラエル。

まず、最初に向かったのは、空港のある大都市テルアビブからバスで30分ほどの距離にあるヤッファという港町。

4000年以上も前から港町であったと言われる、世界でも非常に古い歴史のあるヤッファですが、ここは聖書の中でも非常に重要な出来事のあった場所の1つ。

今でこそ、世界最大の影響力を持つキリスト教ですが、もともとは世界の中でも小さな国の少数民族であるユダヤ人だけへの教えでありました。

ユダヤ教における律法は、神から選ばれた民のユダヤ人と神との約束であり、その神との約束を守っているユダヤ人は綺麗な存在であり、異邦人は汚れている、不浄であるという選民思想が古代ユダヤ教の中にはありました。

その神との約束の中に食べ物に関わる記載があって、それは今も「コーシャ」と呼ばれるユダヤ人が食べても良いとされる清浄な食品リストとして厳格に規定されています。

草食動物の4つ足の獣のうち蹄が全く分かれ反芻をするものは食べてもよい
水中生物でヒレと鱗のあるものは食べてもよい
鳥類で猛禽類、カラス、ダチョウ、フクロウカモメ、ハクチョウ以外は食べても良い
昆虫はイナゴ、バッタは食べても良い
肉類と乳製品を一緒に食べてはいけない
(レビ記 11)

ユダヤ人以外の異邦人は、何でもかんでも好きなものを食べる野蛮な存在であり、我々とは違う不浄者というのが、キリストの時代である2000年前にもユダヤ人の価値観としてあったのですが、それが、このヤッファの地をきっかけに、小さなユダヤ教イエス派から世界のキリスト教へと切り替わったのです。

それが、イエス・キリストの弟子ペテロに起こった、ヤッファの地での神霊体験であります。

「彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」 すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」 こういうことが三度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた。ペトロが、今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れていると、コルネリウスから差し向けられた人々が、シモンの家を探し当てて門口に立ち、声をかけて、「ペトロと呼ばれるシモンという方が、ここに泊まっておられますか」と尋ねた。ペトロがなおも幻について考え込んでいると、“霊”がこう言った。「三人の者があなたを探しに来ている。立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」 ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あなたがたが探しているのは、このわたしです。どうして、ここへ来られたのですか」 と言った。すると、彼らは言った。「百人隊長のコルネリウスは、正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人ですが、あなたを家に招いて話を聞くようにと、聖なる天使からお告げを受けたのです。」それで、ペトロはその人たちを迎え入れ、泊まらせた。翌日、ペトロはそこをたち、彼らと出かけた。ヤッファの兄弟も何人か一緒に行った。」
(使徒言行録:10章10~23節)

この神との神霊体験をきっかけに、ペテロは

「異邦人を汚れていると見なしてはならない」

とスイッチが切り替わり、ここから異邦人へもイエスの教えを伝えていくこととなり、後にペテロはローマへ布教活動をしたことで、キリスト教は世界の治めたローマ帝国の公認宗教となり、世界中の人々へと広まっていきます。

その功績からも、ペテロはカトリック教会における初代ローマ法王とされており、今のキリスト教は、イエスそのものよりも、ペテロが生み出した宗教といっても過言ではありません。

ユダヤ教の一宗派であったキリストの教えが、2000年も続くキリスト文明に発展した、そのきっかけの人物であるペテロと、きっかけの地であったヤッファ。

今回の旅の始まりにとてもふさわしい場所であったように思えます。

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ヤッファを後にして、そこから最南端にある砂漠の港町エイラットへ向かいます。

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国土の60%が砂漠のイスラエルは、北部から中央までは緑もあったり、大きな都市も点在していますが、南のゲネブ砂漠からは、果てしない荒野の世界。





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旅のガイドは、もちろんイスラエルでもっとも有名な日本人のバラさん(榊原さん)。

今から50年近くも前、20代の頃に日本で「希望」を失った若者の1人であったバラさんが、それこそペテロと同じように神霊体験を通して、突如としてイスラエルへと導かれることになったのでした。

「イスラエルにお前の希望はあるよ」

銀座の町で人生に絶望を感じ、夢も希望も見出せなかったバラさんに、突如として聞こえた天の声。

それが神の声なのか、未来の自分からのメッセージなのか、その真相はわかりませんが、この一声だけで

「イスラエルに行こう」

とバラさんは決めたそうです。

イスラエルがどこにあるのか、どんな国なのか、そもそもどうやって行くのか、イスラエルのどこに行くのかもわからずに。

それこそ、現実主義で頭でしっかり計画や計算するタイプのバラさんであったのが、自分でも理由がわからずに、頭ではないハートの声に従って直感的にイスラエルへ行くことにしたのだとか。

それから知人からの助言で、駐日イスラエル大使館へと足を運び、イスラエルに行くにはどうしたら良いか尋ねると、

「24万円ほどあれば行けます」

と教えてもらい、一生懸命働いて、そのお金を稼いだそうです。

ところで、お金がたまって再び大使館へ行くと、今度は別の担当者に窓口が変わっていて

「36万円かかります」

と話が変わっていたそうです。

そこで激怒したバラさんは、必死に抗議をすると、そこで窓口から副大使との面会チャンスをもらい、必死に自分がイスラエルへ行きたいことを熱弁すると、ラッキーなことに、貨物船に乗せてタダでイスラエルへと行けることになったのです。

こうして、貨物船に乗り込み、大嵐にもあってなんとか1ヶ月もかけてたどり着いたイスラエル。

その最初の上陸地が、今回の旅で訪れる最南端の港エイラットであったそうです。

バラさんにとっても、イスラエルとの始まりの場所のエイラット。

とても思い出深い場所のようであり、いろいろなことがシンクロしています。

さて、50年近くも前に、古代ユダヤ人とは逆に、神からのメッセージで西の果てであるイスラエルの地へ船でやってきた日本人のバラさんですが、上陸したところで予定はノープラン。

その日にどこに泊まるのか、仕事はどうするのか、言葉もわからない。

そんな呆然と立ち尽くしたところに、貨物船で仲良くなったユダヤ人が

「お前は一体どこへ行くんだ?」

と声をかけてきたそうです。

「どこへ行くかもわからない」

その答えにユダヤ人も驚いた顔をしたようですが、そこでふとバラさんは、大使館のスタッフの方から、こちらの知り合いへお土産を渡して欲しいと頼まれたことを思い出し、その話をそのユダヤ人に伝えたそうな。

そのお土産の渡し先は、イスラエルにあるキブツと呼ばれる農村共同体に住む人物であり、またまたラッキーなことに、その声をかけてきたユダヤ人の住んでいる家のすぐ近くであったそうです。

そこで、そのユダヤ人の自宅に泊めてもらい、そのままキブツに送ってもらってお土産も渡すと、そのキブツで部屋も与えられて働かせてもらえることに。

こうして、バラさんは導かれるようにしてイスラエルに自分の居場所を見つけ出し、そして希望を取り戻していったのでした。

偶然にも、イスラエルの国家は「希望(ハティクヴァ)」というタイトル。



「希望(ハティクヴァ)」
心の中に、その中に、

ユダヤの魂が恋い焦がれる限り、

前に、東の果てに、

まなざしはシオンにそそがれる。

私たちの希望は今も失われることはない。

二千年の希望が(今も失われることはない。)

私たちの地において、

シオンの地とエルサレムにおいて、

自由な民となることに。

50年近く前、銀座で絶望の淵に聞いた内なる声に従い、そこに唯一の希望を見出してイスラエルに飛び込んで来てくれたので、今この時代で自分もバラさんと出逢うことができ、そしてイスラエルに導かれました。

そして、イスラエルに来る度に思うのが、ここに日本と世界の希望がたくさん眠っていること。

今回もその希望の種を少しでも多く持ち帰って来れたらと思います。